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【vol.500】帰国=あなたたちがいたから

2016年10月07日
フィリピンで出会ったすべての人たちへ

前略 
今、マニラから東京へと向かう機内の中で、この手紙を書いています。
なかなか伝えて切れなかった感謝の言葉を
ここにつづっていこうと思います。

まずはナナイを初めとした、アスクラ家の皆様。
日本から来た私を温かく迎え入れてくれ、
なおかつ
「フィリピンにいる間は、ケンゾウ・アスクラだからね」
と、本当に息子のように扱ってくれました。
特にナナイ。
食事の準備、病気になったときの看病、
外国人ということでの安全面の配慮、
お酒を飲みすぎる私への厳しいまなざし…。
時には過保護なほどのあなたの愛は、
私の心を優しく包み込んでくれました。
飛行機に乗り込む直前に電話した際、
「ケンゾウに『カカナ(食べなさい)』と言わなくなって、
寂しくなったわよ。
私たちが決してあなたのことを忘れないということを、
忘れないでね」
と言ってくれた際、
本当に胸にこみ上げるものがありました。

ほかにも、
ちょっとこわもてに見えて、くしゃっと笑う笑顔がかわいいタタイ、
仕事の合間に昼食を家に届けてくれたジャジャ、
同じ居候仲間であるマイルズ、
一緒に遊び相手になってくれたミヤコとメグミ…。
一人一人の名前を挙げきれないほど、
多くの親戚が私を家族として認めてくれました。
フィエスタや誕生日パーティ、クリスマスにセブリンの洗礼式…。
みんなと過ごした行事の一つ一つが、
私の心の中に残っています。
必ず、休みのたびに遊びに行きます。

そして、ティナンバック町農業事務所の同僚たち。
なかなか仕事が進まずにいらだつ私を、
時になだめ、時に愚痴を聞いてくれました。
活動の成果としては、
決してお互いに満足できるものではなかったかもしれません。
でも、特にパートナーとして一緒に汗を流してくれたロッシーさん。
私たちの努力や挑戦は、必ずいつか花咲く日が来ると信じています。
木酢の完成という大きな仕事を残しての帰国で、
真に心苦しいばかりではあるのですが、
いち早く完成させ、
それがティナンバックの農民たちのために役立てられることを期待しています。
次に訪問した際には、
多くの木酢が作られていることを期待しています。
ジュンさんは、来年3月で定年退職されるそうですね。
それまでには必ず私がティナンバックに行きますから、
あなたの好きなジンと酢で煮た魚で、一杯やりましょう。
ほかにも、
コルテスさん、エドガーさん、アテジョー、アテジョイ、
ジョパー、ジョペット…。
一人一人との思い出は、決して忘れないでしょう。

「任地変更という方法もあるからね」
昨年4月、活動方針の違いで対立したボスのリベラさん。
ほぼ1カ月、お互いに口をきかず、
JICA職員から、任地変更の提案をされたこともありました。
しかし、よくよく腹を割って話せば、
リベラさんは環境面、私は農民の収入面からアプローチをしていましたが、
目指すところは一緒ということが分かりました。
それからは、いろいろと手助けをしてくださいました。
本当にありがとうございました。
エンペラドール(ブランデー)を飲む量には気をつけてくださいね。

JICAの職員さんたちにも、お礼を言わなければならないでしょう。
任地で、ボランティアの手では解決できない問題が起きたとき、
任地にきてくださった調整員さん。
2度とも、私と配属先のうまい妥協点、落としどころを見つけてくださり、
進まなかった話が前進しました。
そして、経理面や諸手続きなどを進めてくれたナショナルスタッフさん。
あなたたちがいなければ、私の活動はもっと大変なものになっていたでしょう。
仲の良かったスタッフさん数人に最後にお会いできませんでしたが、
帰国してからも、ぜひとも連絡を取り合いましょう。

同期を初めとする協力隊仲間にもお世話になりました。
とても目立つ活動をしている隊員と自分を比べて落ち込んだり、
いわれなき中傷にさらされたこともありましたが、
一緒に熱く活動の話をしたり、
時には酒を飲みながらバカ話をしたり…。
そういう時間を共有できたからこそ、
フィリピン人しかいない任地に帰っても、
「決して一人ではないんだ」
と思うことができました。

そのほか、
NPO法人ソルト・パヤタスの皆さん、
立命館マニラ校友会の皆さん、
大分県人会の皆さん、
まにら新聞記者の皆さん、
プライベートでのお付き合いをさせていただき、
時に活動のヒントになるような言葉をいただいたり、
きつい任地での活動のオアシスとさせていただいたり、
本当に、皆さんと知り合えた私は幸せでした。

マニラ空港でタラップを降りるとき、
私は不思議と、まったく悲しい気持ちになりませんでした。
それは、
必ずここに、帰って来る場があると信じているから。
必ず、また会えると信じているから。


あなたたちがいたから、
私のフィリピン生活は、より豊かなものとなりました。
あなたたちがいたから、
決して途中で日本に逃げ帰ることなく、任期を全うできました。
あなたたちがいたから、
どんなにつらいことがあっても、
このフィリピンという国を「好きだ」と胸を張って言えます。


そろそろ、飛行機は羽田空港へと着陸態勢に入るようです。
この辺でペンを(パソコンを)置くことにしましょう。
「あぁ、帰って来た!」というワクワクより、
「フィリピンを離れてしまった!」という寂しさが勝っています。
それではまた、お会いできるその日まで、ごきげんよう。

                                草々

             2016年10月6日 
             東京へ向かうフィリピン航空PR422便の座席53Gにて
             元青年海外協力隊
             山路健造

帰国1
【写真①】=出発の朝、見送ってくれた隊員仲間たちと(10月6日)

帰国2
【写真②】=到着した羽田空港で、同期たちと(10月6日)
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