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【vol.428】来比=家族が任地へ来ました

2016年07月31日
今月はいろいろとバタバタとしていて、
毎月25日目標の隊員通信
「月刊やまじタイムズ」も、いつもより遅い発行。

その原因は、そう、
家族がフィリピンに遊びに来ていたから。
そのアテンドやら何やらをし、
終わったら終わったでかなりの疲労困憊。
なかなか執筆の時間が取れなかった。
というわけで、
今月の月刊やまじタイムズ、こちらです!

月刊やまじタイムズ第19号1面
月刊やまじタイムズ第19号1面

月刊やまじタイムズ第19号2面
月刊やまじタイムズ第19号2面

1面トップは、
離任日がついに、9月27日に決まったこと。
本当に残り2ヵ月を切った。
しかし、課題は山積!
したいこと、本当にたくさん!
後日、ちょっとこれはブログでも触れたいと思う。

そして、家族の来比や任国外旅行など、
内容盛りだくさんではあるが、
仕事は、全然進んでいない!
もう、本当に政治は嫌だ!

↓過去の月刊やまじタイムズはこちらから。
第18号
第17号
第16号
第15号
第14号
第13号
第12号
第11号
第10号
第9号
第8号
第7号
第6号
第5号
第4号
第3号
第2号
創刊号


PDF版はこちらから。
月刊やまじタイムズ第19号Yamaji KenzoDocs.com


↓なかなか疲れが取れず、30日は一日寝て回復させ、31日で一気に書き上げました。なので、誤字脱字は見逃してください!
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任地ティナンバック | コメント(0)

【連載『タイに行ったッタイ!』⑩vol.427】詐欺=タイで一万すられた話

2016年07月21日
微笑みの国、タイ。
ただ、タイに行く前、
「それは、『スリが微笑む場合』もあるから
 気をつけて」

という声も聞いた。
まさに、そんな
「スリが微笑む状況」に巻き込まれてしまったわけで。

アユタヤ初日から、その予兆があった。
ある寺で、一人の物売りが
流暢な日本語で話しかけてきた。
500円玉を手に、
「これが銀行で換金できないから、
 バーツで払ってほしい」
という。
「レートとか、よく分からないから」と断るも、しつこい。
聞けば、
「1円が3バーツだから、
 1500円ほしい」

という。

ん? 1円が3バーツ??
1バーツが3円だろ??


危ない危ない、引っかかるところだった。
おそらく、レートをよく分かっていない日本人相手の詐欺師だったのだろう。
こちとら、いつも1ペソ2円の計算しとるんじゃ!
引っかかるか!


これをうまくかわせたことで、
自分の危機意識を過剰評価してしまったのだろう。

次の日は、ホテルをチェックアウトし、
「ゾウに乗りたい!」と思い、エレファントキャンプに向かうことにした。
ホテルに呼んでもらったトゥクトゥクのおじさんに
「エレファントキャンプまで」と言うと、
すぐに連れて行ってくれた。

しかし、着いた先は、前日に見たエレファントキャンプではなく、
ゾウやワニなどのショーを見世物にしたショー。
キャンプでは、15分程度で500バーツ(約1500円)と聞いていたが、
そこでは、最低が1000バーツから。
やられた…。
しかも、いきなりトラを抱かされて写真を撮られ、
高額のチップを請求されるわ、
タイ・トラ
【写真①】=トラの赤ちゃんの抱っこコーナーは、なぜか関係ないおばちゃんに200バーツを要求された(7月6日)
ゾウは、
ただ何もない泥っどろの土の上を歩くだけだわ、
槍みたいので耳をついて従わせるわ(しかも、耳の裏は皮がはげてしまっている)で、
タイ・ゾウ
【写真②】=ただの泥の中を歩くだけのゾウ(7月6日)

なんか、完全にだまされた気分。。

追い打ちを掛けたのが、
「1万円札をすられた(?)事件」だ。

実は、このゾウ乗りの後、
チャオプラヤクルーズを予約しており、
同じトゥクトゥクのおじさんが連れて行ってくれるということだった。
そして、ついつい、カバンを
彼のトゥクトゥクに置いたまま、
ゾウに乗ってしまったのだ!


貴重品については、全部持っているつもりだった。
しかし違った。
予備で1万円札を入れていた財布を
カバンの中に入れっぱなしだった。


その後、ツアーを終え、バンコクに戻ったとき、
事件は発覚した。
ゾウで思わぬ出費だったので、その予備の1万円を両替しようと銀行に行くと、
その1万円札が、見当たらないのだ。
やられた…。


考えられるのは、完全にトゥクトゥクのおじさん。
そういえば、あのゾウの後は、
「はい、これお土産だ!」とか言って、
いきなり絵葉書をくれるわ、
最初の言い値よりも少ない額のトゥクトゥク代金ですむわで、
今考えれば、あの人、怪しすぎやろー!

まぁ一人旅で、
貴重品を自分の身から放してしまったのが、
最大の原因。
はぁ。
海外生活も2年弱となり、
これまであまり大きな事件・事故もなく、
しかも帰国が近づいた時期で、
気が緩んでしまったのだろう。
財布には1万円札のほかに、クレジットカードも入れていたが、
そちらは使われた形跡はないようで、ひとまず安心。

あとちょっと、もうミスはないように。

↓旅にハプニングは付き物ですが。。これがパスポートなどではなかったのが、けがの功名でした。
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コミュニティ開発活動記 | コメント(0)

【連載『タイに行ったッタイ!』⑨vol.426】周遊=アユタヤをバイク爆走

2016年07月19日
タイ旅行は、ゆーこりん、ちゃんななと分かれ、
一人旅へ。
初のタイだったので、有名どころは行っておこうと、
バンコクから車で1時間ほどの王朝の町、
アユタヤへと足を運んでみた。

アユタヤは、14世紀から400年ほど栄えた、
アユタヤ王朝の王都。
当時の遺構を残す遺跡の町として有名だ(タイ観光庁・アユタヤ)。
しかし、その遺跡は、結構市内を点在する。
それを巡るには、
歩くには遠いし、
トゥクトゥク(三輪車)を一人で貸しきるのは高い。
そこで私が選んだのが、
バイクだ。
アユタヤ・バイク
【写真①】=私が借りたバイク。オートマなので、操作もらくちん(7月5日)

せっかく、協力隊に行くために中型バイクの免許を取ったし、
フィリピンでもバイク隊員。
(ただ、フィリピンは右車線、タイは日本と同じ左車線…)
そこで、バイクが借りられる場所を探し、
アユタヤ鉄道駅前のレンタルバイクショップへと向かった。
しかし、アユタヤバイク爆走は、
結構明暗が分かれる結果となった。

◇公用旅券を預ける?
ガイドブックに気になる表記が。
「保証金代わりに、パスポートを預ける」とある。
私たち協力隊のパスポートは、
外交官と同じ公用旅券!
公用パスポートとフィリピン政府発行カード
【参考】=私の公用旅券

これは、破ったり、折り曲げたり、濡らしたら、
始末書
という代物だ。
これを預けていいのか。。

しかし、いざ行ってみると、
パスポートは、コピーを取られたのみ。
しかも、1日借りて200バーツ(約600円)と安い!


天気も良いし、すごく良いスタートを切れた!
バイクにして良かったなぁー!

◇多すぎる「ワット」
まずは、目指すは
遺跡群が集中するワット・マハタート周辺。
しかし、ここで、難題が降りかかる。

ほとんどの遺跡が「ワット・○○」なのだ!

おそらく、ワットは「寺院」とか仏教施設をあらわす語なのだろうが、
全部同じに見えるよ!
ガイドブック読んでも、名前が覚えられないよ!

はい、
ゆうに1時間は、市内を迷いましたよ!笑

カタカナ苦手な方、アユタヤ観光、注意が必要です。

◇いきなりの豪雨
来た道を行ったり来たり、
間違ってバンコクに帰る道に乗っちゃったりしながら、
何とか最初の目的地、ワット・マハタートに到着。
こんなの、観光ガイドとかで見たことないですか?
アユタヤ・仏像
【写真②】=ワット・マハタートの木の根に埋め込まれた仏頭(7月5日)

おー、タイらしい光景! 
迷ったけどテンションアップ!
フランス人と思われる女子大生くらいの一行の写真を撮ってあげたり、
中国人親子からの写真の頼みに中国で答えてみたり。
いやー、来て良かった!

しかし、ここで悲劇が。
アユタヤ・雨
【写真③】

はい、豪雨です!
さすがの雨男!
いやー、バイクにしなければ良かったなぁー!笑


アユタヤ・合羽
【写真④】=こんな感じで合羽買って走りました(7月5日)

◇結果的には楽しかった
あとは、雨合羽をかぶりながら、
バイクを返さなければいけない6時ごろ(バイク店は7時閉店)まで
いろいろと回った。
アユタヤ・プラ・モンコン・ボビット
【写真⑤】=プラ・モンコン・ボビット

アユタヤ・ワット・プラ・シー・サンペット
【写真⑥】=ワット・プラ・シー・サンペット。個人的にはここが一番好きだった

アユタヤ・涅槃仏
【写真⑦】=最後に回ったワット・ローカヤ・スター。ここは場所が分からず、濡れているし、本当に泣きそうだった。笑

まぁ、結果的には、
自転車で回っているバックパッカーたちよりは、
短時間でいろんな場所を巡れたし、
バイクは正解だったと思う。

ただ、
やっぱり、晴れた日に回りたい!
ライトアップも見たかった!


ぜひ近いうちに、リベンジ果たしたいと思う。

↓“この日の”アユタヤ観光は、成功でした。宿を取っていったので、2日目もありますが…。
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国際協力・ボランティア | コメント(1)

【連載『タイに行ったッタイ!』⑧vol.425】放置=やっぱり家族の温かみ

2016年07月18日
派遣前訓練の二本松訓練所においては、
各個人の居室は「家」、
それ以外は公共空間という認識。
それは、途上国において、
自宅以外の場所での安全意識を身につけるためのルールだった(vol.198生活すべて途上国である)。

そして、午後11時の消灯後は、
自分の居室以外に物を置けない。
みんなの憩いの畳部屋、トイレ、風呂…。
そこに個人の荷物を置いていれば、
翌日の朝の集いで、
「11班、トイレに私物1件」などと全候補者の前で報告されてしまうのだ。

私は訓練所時代、
「私物放置」がとても多かった。
しかも、土日に限って。
しかも、放置しているのは、自分自身。笑

訓練所には、お酒の持ち込みは禁止。
そのため、語学クラスの短い、もしくは実施されない土日に、
まとめてお酒を飲みに行く。
訓練所から歩いて30分ほどの岳温泉街に飲みに行く。
岳温泉の飲食店側も、協力隊の事情をよくご存知なので、
基本、どの店も飲み放題のコース料理。
そしたら、やっぱり飲みすぎちゃうよね…。笑
そして、どうやって帰ったかの記憶もないまま、
気づけば自分の班の畳ルームで熟睡。
あやうく、11時を越えて
私物放置1体
となるところを、いつも班員たちに救ってもらっていた。
(部屋に抱えて運び込んでくれていたらしい…)
班長だったので、班員の人数を確認し、全体日直に報告しなければいけないが
「はっ、連絡入れていない…」と肝を冷やした夜が
何度あったことか…。
(いつも、副班長さんがやってくれていたらしい、ありがとう、わこちゃん…)

訓練当時、私は29歳で、
三十路まで3ヵ月ちょっと。
それまでは、あまり酔って記憶をなくした経験がないので、
「あぁ、三十路の壁って恐いなぁ」と思っていた。

しかし、違った。
タイでも、やっぱり私物放置となってしまった。笑
タイでも私物放置
【写真①】=タイでも、お酒を飲んで私物放置に(7月3日)

この経験から気づいた。
私が私物放置になるのは、年齢による体力の衰えよりも、
11班の家族のような温かみによるものではないか、と。
訓練所の生活班の分け方は、基本、あいうえお順。
だから、何かの意図があって組むわけではない。
それでも、本当に良いメンバーに恵まれたなぁと思う。
そうした安心感。
それが
異国タイにいても私物放置になってしまったのだろう。

ありがとう11班。
そして、
いつもすみません!笑
帰国後もよろしく!

タイでも11班ポロ
【写真②】=タイでも11班ポロシャツで。天皇陛下ご接見も、このポロで臨みました(7月4日)

↓昼から呑んだくれの記事ですみません。まぁ、日本は連休中みたいなんで、良しとしてください!
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【連載『タイに行ったッタイ!』⑦vol.424】遺跡=コラートのレベル高し

2016年07月17日
前回(連載⑥vol.423シャイさはどこから?)、前々回(連載⑤vol.422言葉は伝わらなくても)と、
同期のちゃんななをほめたので、
今回はもう一人の旅のパートナー、
ゆーこりんこと、丸本裕子さんを、ビシバシほめていきます!笑コラート①
【写真①】=先日、誕生日を迎えたばかりのゆーこりん

ゆーこりんも、本当に素敵な隊員です。
よく、自分の任地のことを知っている!
週末ごとに、面白そうなスポットを見つけては回っているそうで、
本当に任地愛、タイ愛を感じた!
週末に、朝からずっと、「内村プロデュース」と「水曜どうでしょう」の動画を見て、
気づけば夕方になっている輩とは、訳が違う!

ゆーこりんの任地は、バンコクからバスで4時間ほどの
タイ東北部、ナコーンラーチャシーマーという町!
コラート・バス
【写真②】=タイのバス。ひざ掛け、パン、水、おしぼり付きと、至れり尽くせり(7月2日)

ただ、この本当の名前よりも
コラート
という名前で知られているそうだ。
※タイ観光庁のコラートページはこちら

コラートの一番の見所は、
「タイのアンコールワット」と呼ばれる
クメール遺跡群のピマーイ歴史公園!

はい、アンコールワットみたいでしょ?
コラート③
【写真③】=ピマーイの遺跡群(7月3日)

こんな立派なものが、11~12世紀ごろに造られたなんて…。
すっごく造詣も美しく、感動です!
だから、テンション上がっちゃって、
こんなのとか、
コラート⑤
【写真④】=クメール遺跡を背に、女性陣の軽やかなジャンプ(7月3日)
こんなのとか、
コラート④
【写真⑤】=やまじの重々しいジャンプ。タイの遺跡で、フィリピン人大好きなファストフード、ジョリビーTシャツ(7月3日)
撮っちゃうわけですよ!

そして、コラートを愛する女、ゆーこりんが連れて行ってくれるのは、
これだけじゃない!
次の日は、カオス寺に!


ここは、コラート市街地から、さらにバスで1時間ほど行き、
途中、田んぼの途中で降ろされ、
あとは1・5キロの道をひたすら歩いていくという、
現地の人しか知らないだろう! というスポット。
何がカオスかというと…
カオス寺①
【写真⑥】=ゾウには乗れます(7月4日)
まぁ、実物大のゾウの置物、そして横のオーバーオールの豚は、
まだましな方!
あとは、
何か目から出てる!
カオス寺②
【写真⑦】=巨大な仏像? 目からは滑車がついているが、お金を入れても動かず(7月4日)

寺は、天国と地獄コーナーに分かれており、
今までのは天国コーナー。
地獄コーナーはというと、
基本、内臓が飛び出たり、地が噴出したり。
カオス寺③
【写真⑧】=生首とか、つるされた人とか(7月4日)

なんか、やたらでかい。
カオス寺④
【写真⑩】=進撃の…?(7月4日)

これは、お金を入れたら骸骨がペダルをこぐそうだが、
当然のように動かず。
ただ、「イヒヒヒ」という声が響き渡り、
なぜか左端のカエルが、ちょっとだけこちらに接近。
コラート・骸骨

いやー、カオスでした!
これは、調べたらまとめサイトを作っている人がいて、
ほかにも行った日本人がいたんだな、と。

まぁとりあえず、
普通のツアーではなかなか行けない、
ディープタイ、またまた堪能しちゃいました!

案内してくれたゆーこりん、ありがとう!

↓ピマーイはもちろんおススメですが、カオス寺も一見の価値あり! まぁ、一見で十分かな?笑
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国際協力・ボランティア | コメント(0)

【連載『タイに行ったッタイ!』⑥vol.423】島国=シャイさはどこから?

2016年07月15日
タイでのちゃんななの無双ぶりをお伝えした(連載⑤vol.422言葉は伝わらなくても)。
「ちゃんななのコミュニケーション力は神がかっている!」という話になったが、
すごいのは、それを受け止めるタイ人の温かさ。
一緒になって乗ってくれている。
シャイ論・フィリピン
【写真①】=このスイカ売りのお姉さんとちゃんななは、もう数十年の友達のよう(7月3日)

フィリピンに長く住んだ日本人は、
大抵、
「フィリピン人はノリが良い!」
「すぐに歌いだす! 踊りだす!」

と陽気さを、フィリピン人の特徴に挙げる。
本当に、それはよく感じる。
今も、パソコンを打ちながら音楽を掛けていると、
横で同僚たちは踊ったり、日本語っぽい発音で歌ってみたりしている。

しかし、あまり知られていないのは、
彼らはシャイだ、ということだ。
これだけの陽気さを私に見せてくれるようになったのは、
赴任から3ヵ月はかかっただろうか。
赴任当初は、話しかけても、
あまり声を掛けてくれなかった。
嫌われているのかとすら思った。

でも嫌われているのではない。
ただ、シャイなだけなのだ。
フィリピン人同士ならば、初対面でも
ある程度話をしているが、
例えば私の協力隊仲間がオフィスに訪れようものなら、
同じ部屋にいるのもためらうほど。
もちろん、個人差はあるが…。

なぜ、タイ人はあれほどノリがよく、
フィリピン人はシャイなのか?
ちょっと考えてみた。
自分なりに出た答えは
タイは大陸でいろんな国に囲まれており、
フィリピンは島国であるからではないか、
ということだ。

タイは、ミャンマーやカンボジアなどと接する。
だから、いろんな民族と触れる機会が多かったのだろう。
いろんな民族との交流の歴史があったから、
「異文化」を受け入れる土壌があった。

私が赴任した福岡・筑豊がそうだった。
江戸時代、長崎街道の宿場町であり、
明治時代には炭鉱町としてにぎわった。
炭坑マンとして、全国から人が職を求めて集まったので、
人々は気風がよく、すぐにいろんな人を受け入れてくれる。
味付けも、万民受けするような味付けを好んだ。

一方、フィリピンは、
7000以上の島からなる島国。
今ほど船舶の技術が発達していなかった当時ならば、
ほかの島の人と会うことすら、難しかったはずだ。
だから、コミュニティは限定されていた、のではないか。

だからこそ、フィリピン人は一度仲良くなってさえすれば、
いや、もういいよというほど、世話を焼いてくれる。
1年張り紙
【写真②】=赴任1年目の記念日に、張り紙で祝ってくれた同僚たち(昨年10月)

日本という島国に住み、
どちらかというと人見知りの自分としては、
フィリピン人のほうの気質が合うのかもしれないが、
でも、タイの温かい雰囲気も好きだった。

いろんな人がいるからこそ、世界ってすばらしい。
私の人生の理念、
「人をヒトとして好きになる」の原点です。

↓地形と性格って、結構関係があると思うんです。いろんな国の性格、教えてください!
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フィリピン文化 | コメント(0)

【連載『タイに行ったッタイ!』⑤vol.422】伝心=言葉は伝わらなくても

2016年07月15日
今回の主人公は、こちらの女性!
ちゃんなな・麺
【写真①】=タイ2日目朝の麺の店にて(7月2日)

写真左側のおばちゃん、
ではなく、右側に写る、
「ちゃんなな」こと、丸山奈菜さんだ。

彼女は、協力隊平成26年度2次隊として、
同じ11班に所属。
しかし、訓練終盤にして、
病気のため、退所を余儀なくされてしまった。

しかし、彼女はそれでも協力隊の夢をあきらめきれず、
病気も治り、再受験。
見事、別の国の派遣を勝ち取ったという努力家だ。
14日現在、ちゃんななは、平成28年度2次隊として訓練中。
タイ旅行は、退所後にちゃんななが勤めた保育園を退職し、
訓練所に入所するまでの合間を縫って、実施されたのだった。

そんな彼女だが、
タイの同期の任地を荒らしまくってくれた。笑
それもいい意味で。

彼女は、任地のタイ人に片っ端から、
日本語で話しかけまくったのだ。

もちろん、任地の人たちは、日本語など分からない。
それでも、
スイカを売る女性に
「速いね! すごいね!」と声を掛ければ仲良くなる。
ちゃんなな・スイカ
【写真②】=速攻で仲良くなったスイカ売りの女性。翌日に訪ねても、覚えてくれていた(7月2日)

遺跡で子どもを見れば、幼児教育の血が騒いであやしたくなる。
気難しい顔をしていた赤ちゃんも、ほらこの通り。
ちゃんなな・赤ちゃん
【写真③】=ちゃんななの日本語による「いないないばぁ」に笑顔を見せる赤ちゃん(7月3日)

本当に、
「変な外国人が来た!」と思われているんじゃないかというくらい、
任地を荒らしまくり。笑

ただ、本当に思うのは、
「彼女こそ、THE 協力隊だ!」
ということ。

やはり海外で、違う言葉、違う文化圏で仕事をする以上、
最も求められるのは
コミュニケーション能力。
彼女は、タイ語なんて
サワディーカー、コップンカーくらいしか分からないだろうに、
どんどん日本語で話しかけていく。
そして、気づけばどんどん仲良しをつくっていく。
これは、本当に才能だと思う。

そんな彼女を見て、タイの同期が、
「言葉じゃなくて、心だな」
とつぶやいていたのが印象的だった。

メディア論で知られる文明批評家、マーシャル・マクルーハンは、
「メディアはメッセージである」
と説いた。
メディアを「コミュニケーション・メディア」と置き換えると、
言語や文字などのコミュニケーション・メディアは、
人間が考えた「メッセージ=思考」の乗り物である、
というような言葉だ。
例に出して言うと、ある異性を「好きだ」と思ったとする。
しかし、英語では「Love」だし、中国語では「爱」、タガログ語では「mahal」となる。
つまりは、
好きという感情は誰しもが抱けるものであり、
それを表現する方法として、英語や中国語、タガログ語がある、
もっと言えば、ハグやキスなどのコミュニケーションにつながる、
という考え方だ。

タイでのちゃんななの「無双」ぶりを見ていて、
この大学時代に習った言葉を思い出した。
つまりは、
「まず仲良くなりたい」という思い
が強いからこそ、
ちゃんななが日本語で話そうが、その感情が相手に伝わっているのだろう。

まずは相手を好きになる。
協力隊としての原点を、
これから協力隊に行こうとするちゃんななに、教えられた。

↓このコミュニケーション能力が、任国に行ったときにどれだけ爆発するのか。ちゃんななの隊員生活、楽しみです!
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【連載『タイに行ったッタイ!』④vol.421】表記=空港行きと言われても

2016年07月13日
タイに入国後は、
市民の足である船を使って、繁華街サイアムへ(連載②vol.471入国2時間で船の上に)。
しかし、結局、夜遅くなってしまい、
行こうとしたショッピングモールは閉店でタイパンツは買えず。
タイの同期隊員とも、
日本から来る同期の出迎えのため、ドンムアン空港で待ち合わせることにした。
※タイには、ドンムアンとスワンナプームの2つの国際空港がある。

ドンムアン空港までは、乗り損ねた(笑)BTSを乗り継ぎ、モーチット駅へ。
そこからは、空港行きのバスがある、ということだった。

しかし、
どれが空港行きか分からない。
とりあえず、同期からは「A1」というバスに乗るように教えてもらったが、
そのバス停に来るバスの
ほとんどがタイ表記。

しばらくバスを待っていると、
大きなカバンを担いでいるから空港に行きたいと察してくれたのか、
バスの車掌のおじちゃんが声を掛けてくれる。
「おーい、エアポート! エアポート!
 ここに書いてあるだろ?」
指し示されたバスの車体の文字、
やっぱり、タイ文字だよ。
おっちゃん、分かんないよ。笑

タイ語表記・バス
【写真①】=タイのバスの車内。サランラップのような中にお釣りがあり、そこでうまく切符を切る(7月2日)

まぁ、そのほかにも、タイは
かなりのタイ語のみの表記が多く、
結構苦労した。
タイ語表記・ゆきちゃん
【写真②】=日本料理屋の「ゆきちゃん」と書かれているという看板。読めない!(7月2日)

しかも、タイ人の話す英語って、結構独特。
「Hotel」って伝えても「ホトゥ」みたいな感じで言われて。
「Amazon」っていうコーヒーチェーンも「アメゾン」らしいし。

その点、フィリピンは、
タガログ語はアルファベットを使うし、
もう一つの公用語は英語だし、

外国人が習得する言語としては、
フィリピンの方がとっつきやすいかな。

それでも、
そんな蛇みたいな字をちゃんと読めて、
ちゃんと会話しちゃっている
タイ隊員、すごい!

↓協力隊を受けた当時の動機の一つに「英語、中国語以外の言語を習得する」っていう目標があったので、派遣前訓練の言語が英語で、ちょっと落ち込んだのも事実です。
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【vol.420】留守=ケンゾウ怒って帰った

2016年07月13日
フィリピンに来て以来、
ボランティア総会や、他の隊員のイベントの手伝いなどで
長めに出張したことはあったが、
今回のECC取得からのタイ旅行(vol.415今からフィリピン離れ)というような
プライベートな用事で2週間も任地を空けたのは、
実は初めてだった。

まぁ、町役場が予算を出してくれるまでは、
木酢プラントの工事も進まないし、
始まっても同僚に進めてくれるように言い置いてきていたし、
何も影響はないと思っていた。

基本、「箱入り息子」なので、
夜も遊び歩くことはできず、
仕事や週末に外に出る以外は、
オフィスか、家か、
ナナイ(ホストマザー)のサリサリ(小さな商店)にいる私。

ナナイのサリサリ
【参考写真①】=ナナイのサリサリ。ここにいれば親戚やら来るから、困らない(昨年5月のオープン時)

サリサリに行く際は、私はたいていバイクで行く。
そのバイクがあまり置かれていなかったからだろう、
結構お客さんから
「あれ、ケンゾウは?」と聞かれたらしい。

そこは、おちゃめなナナイ。
ナナイ孫誕生
【参考写真②】=おちゃめなナナイ。初孫が誕生した際の笑顔(今年1月)

「ケンゾウ? 
 ティナンバックに怒って、日本に帰ったよ!」

と答えていたらしい。

いや、帰ってませんから!笑

だからか、
すれ違った職員から
「あれ、いつ戻ってきたの?」と聞かれたのは。笑
いや、日本から戻ってきたんじゃないからね!

まぁ、
進まない仕事、やる気のない職員、身勝手なフィリピン人に
腹を立てることは多かったけどね。

もう残りも少し。
怒らずに活動を締められますように!

↓終わりよければすべて良し! 9月にはデシピディーダ(送別会)もするだろうし、楽しい思い出で終えたい!
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任地ティナンバック | コメント(0)

【連載『タイに行ったッタイ!』③vol.419】辞儀=タイ式感謝方法に感動

2016年07月12日
あれは、空港でタイバーツに両替したときが初めてだったろうか。
深々と下げられた頭、
胸の前で合わせられた手、
タイのキレイなお辞儀をする姿は、
「美しい」と感動した。
心の底から、感謝の気持ちを伝えられている気がした。

タイドナルド
【写真】=手を合わせるタイのドナルド

タイ語で「ありがとう」といえばコップンカー。
この旅で、私は、男性が言う場合、
「コップンカップ」(プは口を閉じる程度で、あまり発声しないイメージ)
ということをタイ隊員に教えてもらった。
せっかくタイに来たのだから、
物を買ったとき、バスに乗ったとき、何かを取ってもらったとき…。
あらゆる場面でコップンカップを使おうと試みた。

しかし、うまく口をついて出てこない。
出てくるのは、
フィリピン語のSalamat(サラマット)
ばかりだ。

この行為をプラス面とマイナス面の
双方から分析してみた。

まずはプラス面。
これは、
1年9ヵ月のフィリピン生活で、
フィリピン語が身体に染み付いている

ということだろう。
それだけなじんだということだ。
やはり、草の根で活動する協力隊員としては、
任地になじむことは最初のステップ。
そのSalamatが無意識に出てくるということは、
現地になじめているというバロメーターになるのではないかと思う。

しかし、この無意識というのが恐い。
そのマイナス面。
私は、どうしてもSalamatしか出てこないとき、思った。
実は、上っ面の感謝しか、ずっとしてこなかったのではないか。

フィリピンには、「ブレス」という、
目上の人に敬意を表す動作はある。
相手の手を握り、自分の額へと持って行く動作だ。
フィリピン・ブレス
【参考写真】=フィリピンのブレス

しかし、タイの合掌のお辞儀のような、
感謝を示す動作はない。

無意識に出てくるSalamatの言葉。
フィリピンに来てかなりの年月が経った。
誰かに何かを食べさせてもらったり、
何かを手伝ってもらったり、
そういう施しへの感謝の気持ちが、薄れてしまっているのではないだろうか。
何かをしてもらうことが当たり前、
そうなっているからこそ、
感謝の言葉を適当に口にしてしまっているのではないだろうか。

残りフィリピンにいられるのは、2ヵ月半ちょっと。
家族、同僚、街の人たち、JICAスタッフ…。
自分を支えてくれるいろんな人たちに、
心の底から感謝しなくてはならない。
タイにいながら、そう思った。

↓ご飯を作ってくれること、掃除をしてくれること、仕事を手伝ってくれること。自分のうまくいかないことに腹を立ててしまいがちですが、こんな異国から来た人を支えてくれるって、本当にありがたいことなんですよね。
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