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【vol.233】脱出=裏一面の活動にご注目

2015年08月29日
お待たせしました!
…って、誰か待ってくれていた人はいるでしょうか?笑
赴任日にちなんだ毎月25日発行、
隊員通信「月刊やまじタイムズ」!
第8号は、レイテ島行きやマニラ上京に伴い、
少し遅れての発行です!

月刊やまじタイムズ第8号(1)
月刊やまじタイムズ第8号(2)

今回の一面は、
バランガイ(村)・ブラオバリテでの
パイロットデモファームの開始。
そのほか、ココナッツオイル事業が9月から本格化すること、
木酢スタディツアーに参加し、
木酢プラントが防虫、ごみ処理、炭販売による収入向上など
あらゆる問題解決につながる可能性について考えたことを紹介した。

注目は2面!
実はまだ、ブログでお伝えしていない話題が2つも!
※単に時間がないのを言い訳に、更新をサボっているだけだが。笑

一つは、レイテ島で行われた台風ヨランダ(2013年)の復興イベント!
二つ目は、戦跡・コレヒドール島を訪問したときのこと!

二つとも、とても多くの学びがあった。
ぜひ、後日紹介したいと思う。

というわけで、いよいよ活動は12ヶ月目の9月に突入。
さぁ、折り返しも見えてきた!
また9月も話題盛りだくさんになりそうですので、
9月25日の発行をお楽しみに!

↓過去の「月刊やまじタイムズ」はこちらから。
第7号
第6号
第5号
第4号
第3号
第2号
創刊号


↓裏一面のレイテの子どもたちの写真、我ながら好きなんです。微力ながら、こういう子どもたちの笑顔を取り戻す活動を続けていきたいです。
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ライター・ブロガー論 | コメント(0)

【vol.232】帰還=やっぱり落ち着く任地

2015年08月28日
熱い温水シャワーはなくて、
タンクにためた水を頭からかぶる。
レストランなんて皆無。
小さなおかずを出せるトロトロ(カンティーン、食堂)があるだけ。
ホストファミリーが食事を作ってくれるけど、
大体3食同じメニュー。
冷蔵庫がある家が少ないから、ビールはリッター単位でその日飲む分を販売。
通信状態も悪い。
交通の便も悪い。

そんな任地ティナンバック…。

レイテ、マニラでの滞在を終え、
1週間ぶりに帰ってきた。
マニラを出るときは、
「帰ったら、また仕事しなきゃいけないな。面倒くさいな」って思うけど。

でも、帰ってきたら、家族が
「Long time no see(久しぶり)!」って、
1ヵ月以上会っていなかったかのように出迎えてくれる。
「元気? ちゃんとご飯食べてた?」って気にしてくれる。
「洗濯物はたまっていない? バイクは毎日エンジンをかけておいたよ」と
こちらが話をする間もなく話しかけてくれる。

配属先に出勤すれば、同僚が
「おーケンゾウ!」と、うれしそうに走りよってくれる。
「レイテはどうだった?」とか「ちゃんと飛行機は飛んだ?」とか
気にかけてくれる。
一緒になって、私が買ってきたパサルボン(お土産)を食べ=写真=、
レイテからのパサルボン
【写真】=レイテから持ち帰ったお土産。ピーナッツ味(上)と、チョコレートのお菓子(8月28日)

事務作業をしようとパソコンで音楽をかけていると、
横ではダンスパーティが始まるし。

本当に大好きだ、ティナンバック!
9月はほぼ毎週末、外出しますが、
またパサルボン買ってくるよ!笑

↓毎回パサルボンを買ってくるのは、結構な出費ですが。。それで喜んでくれたら、またついつい財布を開いてしまうのです。
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任地ティナンバック | コメント(0)

【vol.231】上陸=初めてルソン島以外へ

2015年08月24日
フィリピン時間24日午前10時半現在、
私はマニラにいる。
前回、このような投稿(vol.231)をしたので、
「まさか、レイテへ飛べなかった」と思われるかもしれないが、
無事にレイテで2泊3日してきました!
初めてのルソン島脱出と、レイテ島上陸!

レイテ上陸
【写真】=第二次世界大戦時にレイテ島に上陸したマッカーサー(左から2体目)の銅像(8月22日)

レイテ島の名は、第二次世界大戦時、
初めての神風特攻隊の攻撃が行われた「レイテ沖海戦」の舞台として有名。
「I shall return」の言葉を残し、フィリピンから逃れていた
マッカーサーが上陸した地としても知られている。
2013年11月には台風30号が直撃。
多くの方が亡くなったことも記憶に新しい場所だ。

やっぱり、いつもと違う場所に行くことで、
「こんな料理あるんだ」とか、
「なぜここにこんなモニュメントがあるんだろう」とか、
すごく学ぶことが多い。
そして、任地を離れることでリラックスにもなった。
本当に今回は飛べて良かった!

今回、レイテに飛んだ理由は、
いつか詳述するとして、
やっぱり最近、飛行機運がついていないようで。。

23日の帰りの便は、本来、
午後5時半ごろ出発の便。
既に、前日22日の夜には
「午後6時半に変更になりました」
というメールが入っていた。
なので、23日は午後5時ごろにレイテのタクロバン空港へ。

しかし、一向に飛行機が来ない!
まぁ、1時間は許容の範囲として、
2時間、3時間と経過していく。

待っている間、
いろいろ作業でもして待っていようかと思って、
フリーwifiを探すも、タクロバン空港にはなし。
(もっと小さな、任地最寄のナガ空港でさえあるのに)
なので自分のポケットwifiをつなぐも、
すぐに充電切れ。
仕方なく、オフラインで読める本などを読もうと
スマホをいじるも、これまた充電切れ。
あとはパソコンを持っていたので、
レイテでの写真を整理しようかと思ったが、
これまた途中で電源切れ。

…現代人って、そういうメディアがないと、することないのね。。

まぁ、私はどれだけ待っても大丈夫だけど、
心配だったのは、一緒にいた同期隊員。
レイテの2日目くらいから具合が悪くなり、
ついには39度の発熱。
とりあえず、解熱剤を飲んで、
空港のクリニックで寝かせてもらったけど。
とても心配。
早く飛行機来てくれ~!

そして、飛行機が来たのは午後9時半。
「これでようやく帰れるー」と
搭乗の列に並んでいたが、
チケットを見せると、まさかの
「これは次の便のフライトですよ」。

何、この時間よりさらに次なんてあるのかーー!!!

結局、飛行機に乗れたのは午後10時半ごろ。
しかも、1時間ちょいでつくはずが、
なぜかマニラ上空で旋回を続け、
着いたのは日をまたいだ午前0時15分。
そこからタクシーに乗り、
宿泊先のドミトリー(寮)に着いたのが、午前1時すぎ。

何とか、同期隊員も体調が悪化することなく、
しかもドミにいた別の隊員たちが、
ポカリやらおかゆやらを用意してくれていたので、
助かりましたー!

でも、このレイテ行きのために、
往復で計10時間も空港で足止め。
その前は道を知らないタクシー運転手のせいで飛行機に乗り遅れるし、
もう当分飛行機乗りたくない!

↓レイテでの日中の活動と空港での足止めで、披露度はマックス。イライラもマックス。なので、マニラ空港からの運転手が、ドミまでのタクシー代を「300ペソ(約800円。メーターを使えば120ペソくらい)でいいか?」と言ってきたので、「メーター使えよ、コラ!」と、かなりイライラをぶつけてしまいました。反省。
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フィリピン文化 | コメント(0)

【vol.230】空港=ルソンの神に愛されて

2015年08月21日
どうも私は、
ルソン島の神様に愛されているようです。

…というのも、
ただいまマニラ空港。
既に足止め約4時間。
今回の渡航目的は、レイテ島へ行くこと。
しかし、飛行機が飛ばず、ずっと待たされた状態。。
マニラ空港で足止め
【写真】=なかなか飛行機が飛ばず、カウンターに詰め寄るお客たち(8月21日)

それがどうも、
私がどこか違う島に行こうとすると、飛行機のトラブルが起こるようで。

私の任地は、ルソン島南部にあるビコール地方のティナンバック町。
だから、飛行機でマニラに上京するといっても、
ルソン島内部の移動。
これまで、出張やスタディツアーにも行かせてもらえたが、
ルソン島中部のラグナ州(vol.125)や、ルソン島中部のベンゲット州(vol.214)。
4月に、観光地・ボラカイに行く予定だったが、
その際も台風で避難(vol.114)。
搭乗できず、しかも台風はそんなに大きくなかったため出発。
LCC(格安航空会社)だったため、キャンセルもできず。

そして今回。
21日午後3時発の予定が、
21日午後7時時点で、いまだ飛ばず。
マニラへの台風接近の影響(確かに風雨は強かった)なら分かるが、
別のセブパシフィックの飛行機でレイテに飛んだ組は、
もう着いているという…。

結局、入国10ヶ月目にして、
いまだルソン島からの脱出を果たせず!(小島は除く)

ルソン島の神様、どんだけ私のことが好きなんですか!?

今のところ、キャンセルにはなっておらず、
あくまでも「遅延」。
神様、もうこれ以上嫉妬しないで!
ルソンから脱出させて!

↓しかも、雨でぬれたせいか、持ってきているカメラが2台とも調子悪いという。。きょうはついていないな。この結末は、どちらに転んでもお伝えします!
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フィリピン文化 | コメント(0)

【vol.229】来訪=胸張り紹介できた任地

2015年08月20日
先日のマニラ上京時のこと。
調整員さんに
「まだ誰も隊員が来てくれないんですよ」と相談すると、
「まぁ、ティナンバックは何もないですからね」
と返されてしまった我が任地、ティナンバック。


そんな任地に19日、
配属丸9ヶ月にして初めて
JICAスタッフさん以外の隊員が遊びに来てくれた。

同期隊員、同じ職種であり、しかも大学の後輩、
ティナンバックから車で約1時間強のカナマン町で働く
赤井希さん(のんちゃん)だ。
ティナンバックにのんブコ
【写真①】=ティナンバックの名産・ココナッツに舌鼓をうつのんちゃん(8月19日)

一番任地はお互いに近いし(同じ南カマリネス州)だし、
ずっと前から「来たい」と言ってくれていたが、
都合が合わずに断念。

しかし19日朝になって急に連絡があり、
「弾丸でティナンバック行ったら邪魔ですかー?」
と連絡があり。
特に予定も入っていなかったし、もちろんOK。
ただ、昼から来たとして、
カナマンに帰れるジプニー(ジープ型バス)の最終は午後4時。
「それでもいいならー」という条件付きでの初来訪となった。

のんちゃんが着くなり、ホストファミリーや同僚たちは大興奮。
いつもは老けたおっさんの日本人ボランティアしかいないからか、
「かわいい、かわいい」
「若い、若い。20歳? 18歳?(2歳しか変わらないのに…)」
とチヤホヤ。
私が任地に着いたときは、これほど歓迎されなかったのに…。
おまけに、独身の妙齢の女性が来ると、すぐフィリピン人、
「ケンゾウの彼女が来た」とか言い出すし。
やめて、本当。。

限られた時間で、少しでも見てもらおうと思い、
連れて行ったのが、
デモファームプロジェクトを進めるバランガイ(村)の一つ、ブラオバリテと、
ミミズ堆肥を作るごみ処理場(MRF)。
ティナンバックにのん畑
【写真②】=デモファームで同僚のロッシーさん(右)に質問するのんちゃん(8月19日)

ブラオバリテでは、デモファームを設置した小学校のほか、
ロッシーさんの提案で、知り合いのココナッツ農家をいきなり訪問。
いきなりブコ(若いココナッツ)のココナッツウォーターを飲ませてもらい、
中のブコの果実を食べさせてもらうという企画まで。
でも、短い時間ではあったが、
今、自分たちが進めていること、
町の現状と課題、
町が誇る資源
そして、私を取り巻くティナンバックの人たちの魅力を
感じてもらえたのではないかと思う。


おそらく、逆に私がカナマンを訪れた今年3月当時(vol.115)なら、
どこに連れて行こうか、誰に会わせようか、
もっと迷っていたと思う。
少し役場を紹介して、
海とかきれいな場所とか、大きなティナンバック教会とか、
そういうところしか行けなかったと思う。
ほかの町と比べて、
「うちの町は本当に見るところがないから」と言い訳をしていたと思う。

でも今、プロジェクトが始まり、人脈も広がっている。
「どうだ、ティナンバックって良いところだろ!?」
「周りにはこんなに素敵な人たちがいっぱいいるんだぜ!」と
胸を誇れるようになった。

同僚のロッシーさんも、楽しそうに私たちのプロジェクトを説明してくれていた。

第三者からこの町、このプロジェクトを見られると、
確実に私自身、そして同僚への刺激になるはず。

ぜひ皆さん、これを機にティナンバックへお越しください。
時間があれば、おいしい料理、リゾートへの宿泊付きで
おもてなししますよ!

↓これから、フィエスタ(祭り)とか山路誕生日(フィリピンは誕生日の人が周りにおごる)とか、クリスマスとか、楽しいイベント(主に酒)がたくさんありますよ! ぜひ泊りがけでお越しください!
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任地ティナンバック | コメント(0)

【vol.228】洗濯=はじめての手洗い完了

2015年08月19日
青年海外協力隊の生活の醍醐味の一つといえば、
いかに不便な生活をするか。
停電が2日も続いている、とか
冷蔵庫が家にない、とか
日本食が全然食べられない、とか。

もちろん、フィリピンの私の家も、
例に漏れず、
冷蔵庫はなく、唯一あった冷凍庫も撤去(vol.171)。
クーラーもない、そんな生活だ。

もう一つないのが、
洗濯機。
これは、ほかのフィリピン隊員やほかの国の隊員も
服は手洗いをしていて、
よく苦労している様子がブログやfacebookでも伝わってくる。

ただ、うちのホームステイ先では、
毎週末、お手伝いさんがやってきて、
洗濯はすべてやってくれる。
どんなに量を出しても、1回1人100ペソ(約270円)。
これに、洗剤と固形石鹸、ダウニー(柔軟剤)を置いておけば、
家族の代わりに洗濯して干しておいてくれるというシステムだ。

私はフィリピン入国以来、
マニラのドミトリー(寮)や現地語語学訓練の宿泊先には
全自動洗濯機があったし、
任地配属後はこのお手伝いさんにお願いしている。
そのため、自分で手洗いしたことがなかった。
あまちゃん隊員ですみません。

しかし、相次ぐ出張に加え、
今週末も再びマニラ、レイテ島と遊びに行く。
週末に来るお手伝いさんにお願いする時間がない。
そしてついに、
洗っていない服のストックがなくなりそうになってしまった…。

週末のお手伝いさんを待っている暇もなく、
ついに、「はじめてのてあらい」に挑戦してみた!

家族によると、フィリピン式の手洗いは
①洗濯物を水だけで洗う
②洗剤を入れて洗う
③洗剤をゆすぐために洗う
④少量の水にダウニーを溶かしてすすぐ
―の4段階!

そしていざ!
はじめての手洗い完了
【写真】=洗剤を溶かして洗濯物を洗う(8月18日)

これが、結構力がいる!
なかなか力を入れてゴシゴシ洗っても、
特に農作業をしているから、汚れがなかなか落ちなくて。
あぁ、ほかの隊員たちは、
こんな大変な作業をしていたんだなぁと、感銘。
それに加え、お手伝いさんが洗うのは、
私の家族の人数分。
私がこの日したのは、自分の洗濯物の、さらに一部。
お手伝いさんはそれをいろんな家でやっているんだから、
大変だよなぁ。

先日、あるバランガイ(村)での収入状況を伝えた(vol.207)が、
このような貧しい家庭では、
借金をして化学肥料を購入し、野菜を栽培。
収穫して売った後に肥料代を返すから、
ほとんど自転車操業状態。
それだけでは食っていけないから、
洗濯や掃除、ベビーシッターなどの副業で
何とか生計を立てている人もいるという。
今来ているお手伝いさんの話は詳しく聞いたことはないが、
決して裕福な家ではないようだ。

洗濯だらいの中から、貧困が見えてくるなんて…。

やっぱり、お金を何とか稼げる方法を伝えたい。
お金を渡すだけでは、何の貧困の解決にもならない。


↓長く一人暮らししていたし、料理はするのは好きなんですが、掃除、洗濯は苦手で。高いドラム式洗濯機を買ったり、有料で洗濯してもらったりと、今までお金で解決してきたツケが…。
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任地ティナンバック | コメント(2)

【vol.227】播種=上京中すでに芽が出る

2015年08月17日
4泊のマニラ滞在が終わり、任地に帰還。
出発前には、残した仕事がたくさん。
もみ殻の購入や、バランガイ(村)のデモファームでの種まき。
さぁ、プロジェクトはどうなっているか…?

結果は…
ちゃんと、種まきはしてくれていた!
しかも、既にオクラの芽が出ていた!

フィールド調査団2
【写真①】=バランガイ・ブラオバリテのデモファームで芽が出たオクラ(8月17日)

現在、同僚がデモファーム作りに積極的になっていること(vol.219参照)は伝えたが、
さらに進化!
ごみだらけの畑も、だいぶきれいに整理されており、
きれいに種もまかれていた。

もう、デモファームのことは、
同僚がブラオバリテのバランガイキャプテン(村長)と
うまく打ち合わせをしながら進めているし、
残りの4バランガイとも
少しずつ話を続けてくれている。

もう、これは任せても大丈夫!
じゃあ、次は何をするか。

それは、
ココナッツオイル絞り器の導入!

任地ティナンバックのココナッツのことは伝えた(vol.202)が、
現在、実のまま出荷している。
そこに、加工をしてオイルにすることで、付加価値をつけ、
農家の収入向上につなげたい考えだ。

そして、その活動を始めるきっかけになるミーティングが15日、
マニラのJICA事務所であった。
フィリピン青年海外協力隊フィールド調査団のキックオフミーティングが、それだ。
フィールド調査団1
【写真②】=JICA事務所であったフィールド調査団のキックオフミーティング(8月15日)

フィールド調査団とは…

世界のグローバル化、また日本企業の新興国進出の増加に伴い、新興国経済やBOP(Base of the Pyramid)市場の理解の重要性が増してきています。 これらをマクロ・レベルから考察したレポートは多いのですが、村の様子や個人の消費行動など、ミクロ・レベル/現場レベルの視点からの情報はなかなか見つけることができません。 「青年海外協力隊フィールド調査団」は、そういったミクロな情報発信において、新興国の村落部で地に足をつけて活動している青年海外協力隊が貢献できるのではないか、という課題意識ではじまったイニシアティブです。
      青年海外協力隊・フィールド調査団HPより



つまり、
途上国の農村部に住み込んで働く協力隊員が、
入り込んでいるからこそ聞き出せるミクロの情報、
例えば住民の収入や家族構成、副業などのデータを収集。
それを分析し、オープンソースで公開することで、
ほかの国の隊員活動やビジネスに生かすのが狙いだ。

もともと、セネガルにおいて、
世界銀行の勤務の方が、協力隊員と一緒に地域を調査。
それを公開することで、新たな価値が生まれるとの期待から
始まった活動だという。

フィリピンでも2年前から開催。
15日のキックオフミーティングに参加した6人が、
3次隊となる。
勉強会や中間報告、最終報告などが行われ、
そこではメンターと呼ばれる調査のプロや、ほかの隊員、JICAスタッフから
アドバイスをもらえる。
有志の活動ではあるが、マニラでのミーティングの参加費など
公費で行われている活動だ。

もちろん、調査は一人でもできる。
でも、より調査手法のプロからアドバイスをもらいたいし、
ほかの隊員から客観的に活動を見てもらいたい、という思いで参加した。

調査団では、一人ひとりがテーマを設けるが、
そこで私が選んだのが
ココナッツオイル絞り器導入に向けた農家のニーズ調査。
オイルを絞ることで収入向上につなげたいと私は考えているが、
本当にそれは農家が望んでいるのか。
オイルを作るといっても、出荷する以外で作る余剰はあるのか。
そもそも、どうやってオイルを絞るのか。
どんな人が、オイルに興味を持っているのか―。
そういうことを調べるための場にしたい。

ただ、ココオイルプロジェクトは
配属先としての活動ではない。
配属先としては、有機農業と堆肥プロジェクトに専念してほしいという。
なので、調査に使えるのは、平日の空いた時間か休日のみ。
限られた時間の中で、いかに的確に質問ができるか。
プロジェクトは9月に入ったら開始予定。
まずは調査の第一段階として、
質問項目を考えてみよう!

↓調査団の内容は、来年2月までにまとめる予定です。また、ブログの中でも小出しにしていきます!
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コミュニティ開発活動記 | コメント(0)

【vol.226】世話=とても感謝し尽くせぬ

2015年08月16日
今回のマニラ上京の目的。
今回は約4日間の滞在だったが、
その中でもメーンの一つだったのが、
ボランティア調整員さんの歓送迎会だった。
調整員歓送迎会
【写真】=調整員さんの歓送迎会で、乾杯をするフィリピンJICA関係者たち(8月15日)

ボランティア調整員とは何か―。
vol.116でも軽く説明しているが、
言うなれば、
JICAボランティアである青年海外協力隊員や、シニアボランティアさんに関するお世話をしていただている。
お世話といっても、多岐にわたるもの。
まずは、ボランティアが仕事をするための仕事内容の発掘。
そして、相手のLGU(地方自治体)との連絡や調整。
そして、活動が行き詰まれば相談に乗ってもらえるし、
的確なアドバイスもくれる。
もし、隊員だけで解決できない問題であれば、
わざわざ任地まで来て、カウンターパート(同僚)とボランティアの意見調整もしてくれる。
本当に、ボランティアにとって、調整員さんは
お父さんであり、
慣れない土地で仕事をしていく上での
神様のような存在だ。


調整員さんは3人いるが、
そのうち、ずっと私の担当をしてくださった調整員さんが8月末で、
任期を終えられてフィリピンを離れることになった。
その歓迎会が15日、マカティのJICAドミトリーで開かれたのだ。
その調整員さんには、本当に頭が上がらないほど、お世話になった。

今のボスと確執が起きた当時(vol.132)。
私は、ちょうどその時期に提出するはずだった
活動報告書の提出が遅れることを、調整員さんにメールした。
今の状況、なぜそのようなことが起こったか―。
言葉を慎重に選び、1時間近くもパソコンの前で悩み、
メールを送れたのが午後9時半。
「さすがにこの時間には帰られているだろう。
 お忙しい時期(ちょうど年度末、台風、新隊員の赴任が重なった時期)だから
 数日後にでもお返事をいただければいいな」
と考えていたら、
メールが返ってきたのは、まさかの10分後。

そんな時間までお仕事をされていることに恐縮するとともに、
すぐに対応してくださったことがうれしかった。
そして、そのメールには、
「近日中に電話で詳細をお聴きします」とあった。

そして翌日。
電話が鳴ったのは、午後8時すぎだった。
着信はもちろん、調整員さん。
私は、思いの丈をぶつけた。

私がこの町でやりたいこと。
その可能性。
どんなきっかけで確執が起き、
ボスがどのようなことを言っているのか。
現在の町の政治的な状況。
私がその政治的な関係でどのような立ち位置にいるのか。

気づけば、その電話は1時間にも到達していた―。

まず、いただいたアドバイスが一つ一つ、
本当に的確であったし、
何よりも、じっくりと私の意見を聴いたくださった。
感情が入り交じり、ちょっと不適切な言葉遣いもあったかもしれない。
それでも、話し終わった瞬間、
すっと緊張感が抜け、すごく目頭が熱くなるのを感じた。

そしてその後は、調整員さんが来るのに、いきなりカウンターパートがその約束をドタキャンした事件(vol.132)もあったが、
結局は、調整員さんの来訪で、活動計画は承認(vol.136)。
そして、現在は、ようやく活動が軌道に乗りつつある。

そんな調整員さんは、私にだけでなく、
もちろん、多くのボランティアにとって神様のような存在だった。
そんな人望を表すように、
私費参加にもかかわらず、
集まったJICAボランティア、フィリピン事務所関係者は50人以上!

中には、活動を終えたOB・OGの姿もあった。

本当に、どんなに言葉をつづろうとしても、
決して言い尽くせないほどの感謝をしています。
本当に、ありがとうございました!


そして、新しく着任された後任の調整員さんも、
また、前任の調整員さんともまた違うカラーをお持ちの方。
協力隊員は、例えば隊員機関誌の編集をしたり、
貧しい家庭の学生のために奨学金を集めたりと、
任地での活動以外にも仕事が入ることもある。
私の、来年2月の協力隊派遣50周年記念式典(vol.163)にしろ、そうだ。
任地の活動がうまくいかず、
そういうマニラでの仕事ばかりに力を入れる隊員も、中にはいる。

でも、新しい調整員さんいわく。
「協力隊員の本分は、任地での活動。
 だから、なるべく活動を休んでほしくない。
 そのためには、私が休日出勤しても構わない」

と。

あぁ、熱い…。
まだ1日お会いしただけだが、
すごく信頼できる感じ。

50周年でも、新しい調整員さんにお世話になる。
これからの残りの任期、よろしくお願いします!

↓さて、また週明けから任地に戻ります。職場を空けていた間のプロジェクトは、どうなっているかな? あまり期待せず、帰路につきます。
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国際協力・ボランティア | コメント(0)

【vol.225】中華=生活をすべて持ち込む

2015年08月15日
マニラ上京中に今回したかったこと、
それは
中華料理を食べること。

もちろん、レストランさえない任地で中華料理を食べることはできず、
近隣ナガでも中華料理店は見つけられず。
なので、13日の到着後、
マニラにあるチャイナタウンに行ってみた。
チャイナタウン1
【写真①】=いかにも中国っぽい入り口の中華街(8月13日)

チャイナタウン3
【写真③】=中国人学校の看板。中国語とフィリピン語で会話(8月13日)

やっぱり、漢字に囲まれると、
すっごい落ち着く…。
そして、念願の中華料理。
日本人向け情報誌のグルメ情報を基に、
店を選んでみたのですが…。
チャイナタウン2
【写真③】=水餃子。注文して1分もたたずに来たのだが…(8月13日)

ちょっとイマイチ。
めっちゃ歩き回って、
足の裏のマメをつぶしてまで到達したのに。
これなら、ドミトリー(寮)の近くの中華料理店の方が美味しいし、
中国人の友達が作ってくれた土豆丝(ジャガイモの炒め物)の方が美味しい。
店チョイスを失敗したなぁ。

でも、本当に中国人の街を作り上げる姿勢は、
すごいと思う。
世界中、どこに行っても、
中華街はある。
そこに行けば、中国をそのまま持ってきたように、
そこに行けば自国の料理が食べられ、
食材が手に入り、
中国語で会話をすることができる。
生活すべてを、持ち込んでいる感じ。

翻って日本。
マニラにも「リトルトーキョー」っていう場所はあるけど、
どちらかというと、飲み屋街。
そんなに、「生活」を持ち込んだ感じではない。

それは、日本人が
どこの国に行っても、現地に溶け込むのが上手なこと
が要因だと思う。

なぜなのか。
14日、隊員仲間と話していたときの結論。
それは
小さな島国に生まれ育ったから、
小さなコミュニティで生きていかねばならず、
周囲の空気を読む技術に長けたのではないか


もちろん、
どこにいても自国の文化を持ち込める中国が上とか、
現地に溶け込める日本人が上とかじゃなくて。
もちろん、中国の中でも現地に溶け込むのが得意な人もいるし
日本人でも絶対に相手の国の文化を受け入れられない人もいる。

でも、だからこそ面白い。

↓あぁ、美味しい中華料理が食べたいです。
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【vol.224】救世=10センチの彼らが救う

2015年08月13日
順調に子ども世代が育っているミミズ堆肥(vol.222)。
そのプロジェクトが始まったきっかけ、狙いを記した、
国際協力などをテーマにしたネットメディア「開発メディアganas」の連載コラムが
新しく更新された。
ぜひお読みいただきたい。
【フィリピンのど田舎で、モッタイナイとさけぶ(5)】ミミズ堆肥作りスタート、有機農業を支える拠点にしたい!

この記事を書き、最初の校正をもらったときに感じたのが、
「自分の視野が狭くなっていること」。
実は、ここ数回の校正では毎回、
編集者の方から
「何を伝えたいかが分かりません」という指摘をいただいている。

記者時代は、常に目線は
「読者のため」と思って、取材、執筆してきた。
しかし、新聞社を退職し、
青年海外協力隊としてフィリピンに派遣され、
小さな田舎町で今、活動を続けている。
そして、その活動の記録を、このブログにつづっている。
このブログは、いわば日記。
もちろん、協力隊の活動の実態や、
フィリピンの農村部の実態を知ってもらいたいという意味もあるが、
どちらかというと、
自己満足。
vol.100でも書いたように、
書くことで癒され、ストレス発散している。

そんな文章を書くことに慣れてしまっていて
マクロの視点が失われている。

まずいなぁ。

きょう13日からのマニラ滞在、
多くの人と会い、
いろんな考えに触れたい。

↓といっても、ブログのご愛顧もよろしくお願いします!
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