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【vol.167】上意=高いレベルの組織目指し

2015年05月28日
こんな投稿(vol.165)をしたので、
配属先との関係がうまくいっていないように思われてしまったかもしれないが、
配属先の名誉のために書いておくと、
関係はすごく良好。
この前は、あまりモチベーションの高くないパート職員が
事務所のマジョリティになってしまっていたからで、
いつもは、私の活動を手伝ってくれる。
2日前の出勤の際、私をイライラさせるきっかけであったもみ殻も、
まだ乾ききっていないのに、同僚のジュンさんが気づくと、
「はい、日なたに置くよ」と
どんどん動かしてくれ、
あっという間に、サラッサラ。
もみ殻干し
【写真】=干して乾燥されるもみ殻(5月28日)

結局、1袋(1袋は、コメだと50キロ入る袋)半のもみ殻を
乾燥させることができた。
あす29日、晴れるようなら、
もみ殻くん炭を作って、ボカシの準備をしたい。

ただ、もし一言注文ができるならば、
「先を見据え、できる作業を自ら見つける組織になってほしい」
ということ。

今回のもみ殻くん炭作りも、
ボカシ作りたい→もみ殻くん炭がない→作りたいけど、もみ殻ぬれているぞ?→じゃあ、もみ殻干そうか
と、どうしても私発信の動きになっている。
ボカシは初めての作業だから難しいにしろ、
6月からデモファーム作るんだから、
くん炭は今までも土に混ぜていたでしょ?と。

まぁ、そういう現場で考えて行動するってのが難しいのは、
フィリピンの自治体の構造にある。
完全な、トップダウン。
だから、本当は、
6月からの本格的なプロジェクトスタートに向け、
今は、どんな野菜を植えるべきか、
どうやって土壌改善するか、
どのコンポストの方法が適切か、
住民にセミナーをするならば、どんなメニューがいるか、
デモファームをバランガイ(村)に作るならばどこがいいか
―など、決めなければいけないことが、たくさん。

でも、結局、今回のプロジェクトの予算をもらう活動計画が同僚から提出されたのは、
きょう28日。
本来なら、2週間以上前に出来上がっていなきゃいけないのに。
そして、その活動計画をチェックするはずのボスが
出張から戻るのは週明けの来週。
「じゃあその間、私たちで決められることを決めておこうよ」というけど、
「いや、ボスが帰ってきて、きちんとプロジェクトが承認されてからじゃないと」という。

初めに断っておくと、このプロジェクトの活動計画は、
私が書いて提出済みで、
それ自体は承認されている。
そして、ボスからのリクエストは、それを短くして、
町役場に提出する用の活動計画を作ること。
だから、もうボスの承認はもらっているようなもの。
何だから、動こうよー!と言っても、
ボスの指令がないと、なかなか難しいのが現実。

より高いレベルの組織になるには、
現場でプランを出し、アイデアを出し、ボスに提案できる組織をつくること。
今、その「提案」の作業が難しいから、私が代行してやっているが、
私もあと1年4ヶ月後には帰る。

個々は面白いアイデア、スキルを持っているから、
個々で考え、ある程度事後承諾でも大丈夫なような、
動ける組織をつくりたいなぁ。

↓本当に、一人一人と話をしていると、面白いアイデアを持っているけど、結局、提案することさえはばかっている状態。プロジェクト始める前に、ちょっと飲み会とかできないかなぁ。飲みニケーション。
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【vol.166】常温=そういえば初めての乳

2015年05月27日
きのう26日のことがあったので(vol.165参照)、
「きょうは仕事、行きづらいなぁ」と思って朝準備をしていたら、
「あれ、ケンゾウ、きょうはナガ(近隣の大都市)行くの?」とホストファミリー。

??

何かきょうは「南カマリネス州デー」という週の記念日だということで、
ホリデーなんだとか。
え、誰も職場の人、休みとか言ってなかったんですけど?
むしろ、「その打ち合わせは明日しよう」って先延ばしにされていたんですけど?


まぁいいや。
せっかくいただいた休み。
勉強しようかとか、行ったことのない都市に行ってみようかとも思ったけど、
午前中に自転車のパンクを直しに行ったほかは
(この自転車のパンクは、私がマニラ上京中に起きたもの。
 親戚の子どもに貸すとは言っていたけど、
 どうも、家族で乗り回していたらしい。
 それで、謝るでもなく「ケンゾウ、パンクしているから直しなよ」って。。)
あとは爆睡!
夜はお酒を飲んでいるとホストマザーが口うるさいし、
本当に、寝るかネットするくらいしか、
ストレス発散法がない…。

そんな中、最近一番癒された瞬間を考えてみた。
すると、vol.165で牛を馬鹿にしてしまった経験も相まって、
1軒の牛乳店を思い出した。

もっとも近隣であるナガ空港は、
ジプニー(ジープ型バス)が拾える幹線道路まで
約500メートルの場所にある。
一度、その距離をトライシクルに乗ったら、
そこだけで30ペソ(約80円、通常の値段の4倍くらい)も取られた。
なので、先日のマニラ上京の際の帰りには、
節約のため、絶対に歩こうと決めていた。
(少ない額ですが、こういう節約が大事なんです、この国)

歩くと決めたのはいいものの、
かなりの荷物。
お土産のドーナツもかさばって重い。
ずーっと、タクシーや自転車タクシーが
「乗っていけよ」とずっと並走してきて、うざったい。
おまけに、30度を超える暑さ。
もう、とめどないほどの汗が流れていた…。

そして、500メートルの距離を歩ききり、
ジプニーを待つも、なかなか来ない。
そんな時、先輩隊員の言葉を思い出した。
「ナガ空港の近くに、美味しいミルクショップがあるよー」

というわけで、行ってみた。
ナガのミルクショップ

これが、うまい!
荷物を降ろし、汗を拭き、1リットルのボトルを抱え、
銭湯のおじさんよろしく、腰に手を当てて飲む。
かなり冷えていて、コクもある。
これは美味しい。

そういえば、任地近くでは常温の牛乳しか売っていなくて、
何か口にするのも怖かったし、
もともと牛乳ってあまり得意じゃなくて
(子どもの頃にお腹を壊した経験あり)
マニラでほかの隊員が牛乳を買ってドミトリーで飲んでいるのも、
いいなぁと思いつつ、自分で買おうとはしなかった。
ラグナ州のフィリピン大学で語学訓練していたときも、
カラバウミルク売っていたけど、
結局自分では買わなかったしな。

というわけで、ほぼ初の牛の乳。
これはうまいわぁ。

せっかくだから、家族にも飲ませようと、
半分をお土産として持ち帰ったんだけど、
うちには冷蔵庫がないので、
結局、冷凍庫の隅に入れられたまま。

牛乳って、冷凍で持つのかな?

↓もし僕の任地を訪問しようと思ってくださっている方、ぜひここの牛乳ご馳走しますよ! 味は、コーヒー味(チョコレート味?)とかもあった。次はアイスも食べてみたい!
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フィリピングルメ | コメント(0)

【vol.165】籾殻=久々にぶち切れてきた

2015年05月26日
【今回の投稿には、倫理上、あまり好ましくない表現が出てきます。
 反論もあろうかと思います。
 あらかじめご了承ください】

あぁ、もう、ふざけんなよ、マジで!
雨降ってきたら、気づくだろ、普通!
そしたら、もみ殻ぬれるって、想像もできないの?
小学生でも分かるよ、そんなこと!
ぬれたら悪いって、移動させるとかできないわけっ!?
なに、ほかの人の仕事は、
自分には関係なし?
そんなら、辞めてしまえ、仕事なんて!

朝から何もせずにスナックばっかり食べてさ、
くっちゃべってさ、
後は昼寝してさ。
あんたら、牛か!
いや、それは牛にも失礼やわ!
栄養価の高い乳を搾って、
田畑を耕してくれる、
牛のほうが役に立ってるわ!
このやろう!



と罵倒してやろうかと思ったが、
ぐっと心の中で言うだけにして、
スコップを床にたたきつけて帰ってきた。
あんたらに言っても、どうせ意味ないわ。

     ◆     ◆

話は朝にさかのぼる。
今週はずっと、ボスが出張で休み。
ほかの正職員さんたちも、私用だったり、出張だったりで事務所におらず、
出勤していたのは、重鎮71歳のコルテスさんと、漁民担当のジョージさん、
パート職員の女性3人、そして私。

パート職員たちは、朝から口うるさい職員たちがいないのをよいことに、
ずっとおしゃべりに夢中。
最年長のコルテスさんが、一生懸命農園で作業しているのに。
私は一人でさせるのは悪いと思い、
ナスの苗植えの作業を手伝っていた。

それがひと段落し、今度は自分の作業へ。
6月からデモファームを始めるに当たり、
ぜひ「ボカシ堆肥」を作ってみたい。
先日、養鶏をやっている知り合いから鶏糞は買える手はずがついたので、
あとは、もみ殻くん炭(もみ殻をいぶして炭にしたもの)。
ただ、事務所にあるもみ殻は
雨ざらしになっていてぬれていて、そのままでは使えない。
なので、ビニル袋の上にもみ殻を広げ、
朝から乾かしていた。
その作業中も、パートの一人が
「なに頑張っちゃってんの?」みたいな感じで、
うすら笑いで作業を見ていたから、その時点でイライラしていた。

結構日差しが強かったので、すぐに表面は乾く。
「ちょうど、日差しが強くなってきたし、
 昼休みの間に乾いているかな」と期待して、昼食のために帰宅。
パートの2人と、ジョージさんは残って事務所で昼食を取っていた。
すると、1時間もしないうちに、急に雨が…。

「誰か気づいて入れているだろうか?」と思い、
自転車を走らせる。
案の定、もみ殻は水でぬれている状態だった…。

で、冒頭のような怒りに。。

いつもは仲の良いジョージさんの問いかけも無視していたので、
彼は私がなぜ怒っているか気づいていたようで、
ずっともみ殻を屋内に入れる作業を、見守ってくれてはいた。

あとのパート2人は、完全無視。
手伝ってくれようともしない。

本当にうちの職場の人は、
自分の興味あること、担当していること以外、
70オーバーの人が炎天下で作業していようが、
重たい荷物を運んでいようが、
我関せず。
そういう雰囲気が大っ嫌いだから、
来てからずっと、
「このプロジェクトは、みんなのプロジェクトなんだよ。
 一人が作業したり、お金出したりするものなんじゃなくて
 みんなでやるプロジェクトなんだよ」

って言い続けているけど、全然響いていないんだろうな。
特にパート職員は、いかに8時から5時の就業時間を
つぶすことしか考えてないもんな。
ティナンバックの農民のためなんて、これっぽっちも思っちゃいない。

なんか、めっちゃ空回っているな、俺。

↓びしょぬれになったもみ殻をひとりで片付けながら、こみ上げてきた怒りをどう処理していいのか分からなくなったので、ブログに書きました。こういう思いも、記録しておこうかと。不快な思いをされた皆さん、すみません。
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国際協力・ボランティア | コメント(0)

【vol.164】商売=たくましいのごく一部

2015年05月26日
昨日25日、1軒のサリサリストア(小さな商店)が、
任地ティナンバックにオープンした。
中心街・Centroの、人通りの多い道沿い。
店主は、Nanay(ホストマザー)だ。
ナナイのサリサリ
【写真】=オープンしたサリサリ。右端がNanay(5月25日)

Nanayは、元町役場職員だったが、
政治的な力関係で失職中(vol.30参照)。
その後、いろいろ就職活動をしていたようだが、
なかなか縁がなかったようで、
ついに自分で店を開いた。

Nanayは最初、フィエスタ(祭り)の期間に
露天を開くといって、
いきなりマニラに行って
大量のサンダルやかばん、ノート、DVDなどを仕入れてきた。

しかし、持ち前の人脈の広さを生かし、
既にフィエスタ開始前から、
家に商品を買いに来る繁盛さ。

これである程度自信をつけたのか、
自分の実家の前の空き店舗を借り上げ、
あっという間にサリサリを開いてしまった。
そして、やっぱり開店初日から、結構にぎわったようだ。

Nanayは、人脈はあるし、人当たりも良く、
商才もあるようだ。
一時は「電気代が払えないから、早めに家賃ちょうだいね」
などといわれていたから、
ちょっと家計が心配だったが、
もう安心していいようだ。
Nanayは
「お金がないから、働かないと」と
朝5時に出て行って夜10時までサリサリを開けているようだが。

でも、こんなに立ち直れる人って、ごく一部。
見ていると、一度失職したまま、
定職に就けず、
昼間からお酒を飲んでいる人を何人も見る。
もちろん、最初から仕事をしていない人もいるだろうが。

そんな人に、1日100ペソでもいいから、
稼げるような雇用を生み出せないかな?
なかなか難しい問題だ。

↓町内で商売をしている日本人の方もいますが、売上金を盗まれたり、商品にいたずらをされたりと、ただ雇用の場をつくるだけではダメなようです。教育も必要。
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任地ティナンバック | コメント(0)

【vol.163】式典=来年2月、委員長です

2015年05月25日
はい、自己満足の25日がやってきました。笑

任地ティナンバックに赴任した2014年11月25日にちなみ、
15年1月から発行する隊員通信「月刊やまじタイムズ」。
なんとか5号までこぎつけることができた。

といっても、今回は30日のうち半分以上は、
任地を離れているという事態。

…ネタがない!

と編集を始めた当初(といっても23日、24日の2日間、勢いで完成)は思っていたが、
過去のブログを読み返すと、
「あぁ、こんなこともやったなぁ」と
そこそこネタは出てくる。
やっぱり、コミュニティ開発の技術顧問の先生を信じて、
ブログを書き続けてきて良かった…。
というわけで、紙面です。
月刊やまじタイムズ第5号1面
月刊やまじタイムズ第5号2面

そして、今回の5号では、
まだブログ、facebookにも書いていなかった、
というか、書くほどのネタでもなかった
「(自分の中で)特ダネ」
を書いてみた。
それが、一面カタの「実行委員長に立候補 来年2月に比派遣50周年式典」。
(ちなみに、身体の部位にたとえ、
 トップ記事をアタマ、真ん中の記事をハラと言います。
 ハラには、写真ものの記事を持ってくることが多いです。
 豆知識)

はい、委員長やります!(おそらく。。何も詳細決まっていないので。。)

フィリピン隊員では、隊次ごとに持ち回りで、
年2回の総会委員をする。
たまたま私たち159B(バッチ)の番は、
来年2月のフィリピン協力隊派遣50周年式典。
正直、
「こんな大きな式典の委員長やれば、
 今後、肩書きにも書けるかなぁ」

という、腹黒い考えで立候補してしまった。笑

まだまっっっっっっっっっったく詳細決まっていないので、
「こんなの無理!」という状態でも、
「このくらい簡単!」とうそぶける状態でもないが、
間違いなく、皆さんのご協力が必要です!

フィリピン隊の皆さん、特に一緒に委員をする159B、160Bの皆さん、
そして世界中の皆さん、
ぜひとも温かい支援をお願いします!

↓記念式典を、来年2月22日にすることだけしか決まっていない状態。。でも、いろいろやりたいなぁ。普通のことやっても、つまんないよなぁー。笑
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ライター・ブロガー論 | コメント(0)

【vol.162】市民=誰もが発信できる時代

2015年05月24日
2005年の大学生のころ、
ライブドア社が主催する「パブリック・ジャーナリスト(PJ記者)」というものに登録していた。
いわゆる「市民記者」で、
日常に起こることだったり、地域であるイベントだったりを
記事にしてライブドアのホームページにアップ。
閲覧数に応じて、
ライブドアポイントがもらえるという仕組みだった。

当時は既に新聞記者を志望していたし、
自分の個人のブログじゃなく、
より多くの人が読んでもらえる媒体を探していた。
まだ、ツイッターもfacebookもない時代。
グリーやmixiもあったが、
登録している友達は身内ばかりだった。
「より多くの人に広めるにはどうしたらいいか」。
それを考えていたときに、このPJ記者のことを知り、
研修のために大分から東京まで行ったことを覚えている。
(親戚の法事のついでだったかもしれないが)
でも、実際に自分が書いた記事がメディアに載ったり、
会ったこともない人からコメントがついたりすることは、
純粋に楽しかったのを記憶している。

その後、新聞社に入社し、投稿はしなくなり、
気づけばPJ記者もなくなったようだが、
約10年経った今では、さまざまなネットメディアが登場している。
ネットで発表することで、
より多くの思考を持った読者に発信するというより、
よりミクロな趣味を持った読者に向けた記事も届けられるようになった。

現在、大手メディアも、どんどんネット発信をするようになってきた。
「紙媒体の衰退」などと言われるが、
記者時代、私たちの心のよりどころは、
「紙に書こうが、ネットで書こうが、
 取材に行き、現地で見て、考え、記事を書くという行為は
 なくなることはない。
 だから、記者という仕事がなくなることはない」

ということだった。
だから、いくら新聞業界が「シャヨウ、斜陽!」と言われようが、
大手を振って歩けていたのだ。

しかし、前述したように、
今はツイッター、facebookで誰でも発信できるし、
ネットメディアも乱立する時代。
逆に言えば、
取材に行き、現場で見て、考え、記事を書く行為
さえできれば、
決して大手メディアに所属しなくとも、
情報発信ができる時代になったのだ。


そして、これから記者になりたいと考えている、
10年前の私のような人におススメなのが、
現在お世話になるネットメディア「開発メディアganas」が主催する基礎ジャーナリスト講座だ。
何と、フィリピン・セブやベトナム・ホーチミン、ミャンマーを訪れ、
貧困や社会問題の現場で取材をしながら、記事の書き方も学ぶという
講座であり、スタディーツアーだ。
無料説明会「基礎ジャーナリスト講座 in セブ/ホーチミン/ミャンマー」~書くことで学ぶ記者インターンシップ~facebookページ

あぁ、10年前にこの講座に出合っていれば、
私の人生も変わっていたかもしれない。

もしお時間のある方、記者という仕事に興味のある方、途上国の問題に興味のある方、
夏休みに、こんな実践的なスタディーツアーはいかが?

↓ちょっと、9月のセブツアーは、顔を出しにいけないかな、と画策中。ゆかりのあるミャンマーにも行きたいけど、フィリピン協力隊の任国外旅行で行ける渡航先じゃないのが残念。
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ライター・ブロガー論 | コメント(0)

【vol.161】名店=定番と知る人ぞ知る品

2015年05月23日
さぁて、前回、
日本食のあまり食べられない協力隊員から
「飯テロ!」と言われた、マニラ日本食特集(vol.155参照)。
せっかくなので、第2弾をやっちゃいます!

まずは、マニラに上がった隊員が
「一度は食べておきたい」という、
日本食料理店「萬月」。

ここでよく隊員が頼むのが、
ランチの「三色丼」だ。

三色丼の定番といえば、
出てくるのは
卵、そぼろ、ほうれん草の3色ではないだろうか?

でも、萬月の「3色」は、一味違うんだなぁ。
ここの3色といえば…
マニラ飯・満月
はいっ、
トロ、サーモン、ウニの3色っ!(右上から反時計回りに。サラダ付き)

しかも、丼に一色が少しずつ入っているのかと思いきや、
一色ずつ、お茶碗に入ってくるボリューム!
これで470ペソ(約1200円)ですから、
十分お得ー!

次に紹介するのが、
日本食街・リトルトーキョー内にある
「のだ庄」

隊員もよく上京の際には使う日本料理店だが、
先輩隊員も、このメニューはあまり食べたことないのでは…?

それが、ジャーン!
マニラ飯・カレーなべ

カレー鍋!

日本で食べたカレー鍋は、
本当にスープカレーという感じで、
あっさり、スッキリ。
でも、ここのカレー鍋は、
本当に一晩寝かせたようなねっとりしたカレー!
これに、最初は野菜や豚肉を絡めて食べ、
締めはうどん!

…まずいはずがないでしょう!!

常連の現地駐在員さんに教えていただいたメニューだが、
決して裏メニューではなく、
ちゃんとメニューに載っているのだとか。
でも、あまり頼む人は少ないみたい。

あぁ、食べ物の話をしていたら、
また食べに行きたくなってしまった!

↓今回の「飯テロ」はいかがだったでしょうか? 引き続き、マニラの美味しい店情報、お待ちしています!
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【vol.160】短期=プラスアルファの支援

2015年05月22日
前回投稿で、同期隊員159B(バッチ)を紹介したが(vol.159参照)、
その中で、既に帰ってしまった隊員がいる。
野菜栽培のゆきみさん。
短期ボランティアとしてパナイ島の農村部に入り、
6ヶ月間の活動を終えて、
ボランティア総会中の13日に帰国された。

ゆきみさんは、派遣前には短期ボランティアがいることを知らされていなかったが、
3週間の現地語訓練を終え、
マニラの隊員ドミトリーに戻ると、既に入国していらっしゃった。
その後、赴任日が一緒だったこともあり、
同期として(ご本人は『159・5Bだ』とおっしゃっていたが…)
一緒にご飯を食べに行ったり、
台風で中止になったけど、一緒にボラカイ行きを計画したり(vol.113参照)、
仲良くさせてもらった。

そんなゆきみさんの帰国報告。
「6ヶ月でどれだけのことができるのだろうか?」
そんな私の疑問をよそに、
ゆきみさんの成し遂げた成果は、2年間の長期ボランティアのそれを
完全に凌駕するものだった。


ゆきみさんの行かれた町は、
2013年の台風ヨランダで被害を受けた地域。
本来、この夏から長期ボランティアが入る予定だったが、
その下地づくりのために呼ばれたのが、ゆきみさんだった。
「緊急支援」的な要素が強かったという。

そこでの成果は…
①農家の栽培状況調査
②デモファームの建設(道具小屋、育苗小屋付き)
③農業セミナーの開催
④ぼかし堆肥の製作
⑤さまざまな野菜の栽培実験
⑥近隣の観光地・ボラカイでのマーケティング調査
⑦農民グループの組織化



全部、私が「これから」しようと思っていたことなんですけど!

本当にこの発表を聞いて2日間ほど、
私は自己嫌悪だった。
同じ6ヶ月というときを、
ゆきみさんは精力的な活動に使い、
私は同僚たちとミリエンダ(おやつ)を食べるのに使っていた。
同じことがしたいと言いながら、
完全に時間を無駄にしていた―。

完全に、嫉妬の固まりになっていた。

でも、ゆきみさんの
「6ヶ月って決められてたからこそ、ここまでできたのよ」
という言葉に、自分の心の中で折り合いがつけられた。

国際協力における、生活を改善する支援と緊急支援は違う。

ゆきみさんは、ご自身でも言われていたが、
緊急支援として派遣された。
台風被害により、生活の建て直しが必要だった。
だから、
「口うるさいやつが帰って、地元の人はせいせいしているんじゃない?」とゆきみさんが言うほど、
かなり強力なリーダーシップを取って活動を進められたそうだ。
そして、成果を残した。

しかし、私の任地ティナンバックは、
台風の大きな被害もない。
世界銀行が定める貧困ラインにいる住民は多いものの、
資源も多く、その日暮しというほどではない。

現在、有機農業促進、ごみ処理の改善、生計向上の
3つのアプローチを計画しているが、
言ってしまえば、
「なくても困らない支援」
かもしれない。
今の生活でも、満足している人は多い。
同僚にも、そんな機運がある。

しかし、それでも、
より良い生活をしたい、
子どもに教育を受けさせたい、
ちょっと良い農機具を手にしたい
副収入があれば、少しは生活が楽になるのに
―などと考えている農民は、少なからずいる。

いわば、私や同僚、カウンターパートがしようとしているのは
「プラスアルファの支援」
だ。
生活の建て直しに迫られていた緊急支援とは、
アプローチの仕方がそもそも違っている。
うん、違っていていいのだ。

そう自分を言い聞かせると、
一度抱いた嫉妬心は、
ふわっとどこかへ消え去ってしまった。

ゆきみさんの日本でのさらなるご活躍を祈念しつつ、
日本で再会したときに、胸を張って活動報告できるように
頑張らなければ。
良いところは、どんどんTTP(徹底的にパクる)していこう。

短期ゆきみさん
【写真】=ゆきみさん(奥列左端)を見送った同期たち。夜中3時のドミトリーにて(5月13日)

↓人と比べないように、比べないようにと言いますが、そんなことは無理。比べることで、見えてくることもあるはず。
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国際協力・ボランティア | コメント(1)

【vol.159】隊次=どうも情熱大陸らしい

2015年05月21日
青年海外協力隊は、
春と秋の年2回の募集があり、
そのうち、年度内に
1次隊(7月ごろ)、2次隊(10月ごろ)、3次隊(1月ごろ)、4次隊(4月ごろ)と
年4回の派遣時期がある。

派遣時期は、基本的にJICA側に決められるか、
現職参加(仕事を休職するなどして退職せずに参加する方法)ならば、
仕事が休みやすい年度初めからの訓練開始ができる1次隊が多く、
だから学校の先生とか自治体職員が多いとか、
隊次ごとのカラーというものがある。

フィリピン隊は現在、年3回の派遣となっている。
1次隊、2次隊、4次隊を受け入れており、
3次隊がいない理由は、うそか真か
「クリスマス、年末年始で国民が浮かれており、
 フィリピン側が受け入れられないから」。笑


私たちは、平成26年度2次隊として派遣されてきたが、
フィリピンでは159B(バッチ)と呼ばれている。
フィリピン隊は、1965年に始まった協力隊事業において、
翌年の2月に12人の1期生を派遣して以降、
すべて「バッチ」という数で加算されていっている。
つまり、私たちは類型159隊次目の派遣ということだ。

そしてやはり、フィリピン隊もバッチごとでカラーがある。
元気の良いバッチ、女性隊員ばかりのバッチ、
仲の良いバッチ、病気などトラブルの多いバッチ、
全体的に落ち着いたバッチ…。

先日のマニラ上京中、
先輩隊員と話していて、我ら159Bの評価を聞いた。
「159Bって、〝情熱大陸〟だよね」



何でも、みんな熱いから、だとか。笑

先輩隊員によると、
派遣前にはフィリピンボランティア調整局という部署があり、
そこで歓迎会のようなセレモニーがあるが、
そこでは新隊員が、訓練で学んだ現地語であいさつし、
歌や踊りを披露するのが通例。
私たちも、赴任前の昨年11月、そのセレモニーに臨んだが、
みんなで炭坑節を現地語に訳して踊ったり、
踊りに合わせて英雄ボクサー・パッキャオの絵をその場で描いたり、
訓練の様子をムービーにしてみてもらったり。
それに、集まったら熱く活動の話をしている。
時には朝まで…。
「自分たちで情熱大陸風のムービー作っちゃいそう」
というのが、われわれの評価なんだそうだ。

フィリピン同期159B
【写真】=赴任以来久しぶりに同期が集まったので、当時描いたパッキャオの絵と一緒にパチリ(5月12日)

まぁ、確かにみんな、自分の活動に真剣に向き合っているし、
むしろこの評価は喜んでいいかも。
そして、コミュニティ開発、デザイン、食品加工、陶磁器、環境教育と、
さまざまな職種のこのメンバーで協力し合って活動ができれば、
もっと面白いことができるかも。

今は、ルソン島(ビコール地域)、パナイ島、ボホール島と、
3つの島に分かれてしまっている159Bだが、
とりあえず、あと約1年半近く活動期間あるんだから、
半年に1回くらい、どこかの島に集まって、同期会しましょうよ、
ねぇ、159Bの皆さん?

↓結構仲の良いバッチだと思います、159B。そして、なぜこの話題を選んだのかと言うと…。ぜひもう一度タイトルまで戻ってみてください。
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【vol.158】枯死=水と祭りと適正時期と

2015年05月21日
台風避難、マニラ上京を経て、
2週間ぶりのオフィス出勤。
お土産の説明もそこそこに、向かったのは裏の農園。
レタス、ミズナ、パクチー…。
行く前に、結構生長していた私の〝子どもたち〟。
さぁ、どれだけさらなる生長を遂げているか…。

ペットボトル栽培枯死
【写真】=土が乾き、完全にレタスの苗が死んでしまったペットボトル栽培(5月21日)

むしろ、マイナス…。
期待ほど成長していないし、
苗が枯れて、死んでしまっているし。
土はパッリパリに乾いてしまっているし。

同僚に聴くと、どうも
天災と人災
の側面があるようだ。

まずは、ずっと日照りが続いていたこと。
今、フィリピンは1年の中でも一番暑い時期。
苗を植えても、すぐに枯れてしまう。
そういうことが私が任地ティナンバックを離れる前から続いていたので、
ある程度、ビニルハウス内で生長をさせてから
外に移すようにしていたけど、
それでも、ダメだったみたい。

もう一つは、フィエスタ(祭り)の影響。
私のマニラ上京中だった16日、17日は、
ティナンバック最大のフィエスタ。
どうも、その前後は休んでいたみたいで、
5日以上、誰も出勤していなかったようだ。
さらに、一緒に農園をしている同僚も
19日くらいまで休んでいてみたいで、
「来たら枯れてたんだよ。ケンゾウ、ごめんよー」
と消え入りそうな声で謝られた。

こうなることは怖かったので、
「ケンゾウがマニラに行っている間にやっておいてほしいリスト」を書き、
壁に書いておいたんだけどな。
フィエスタ後にプロジェクトが始められるように
町に提出する用の活動計画を書いてもらったり、
(これは、自主的に書きたいと同僚が言ってくれてうれしかった。
 予想通り、まだ書きあがっていないけど。笑)
種や肥料用の材料を買っておいてもらったりと同時に
毎日の水遣りもお願いしていたんだけどな。
これじゃあ、
私が任地を離れることもできないし、
1年5ヶ月後に帰った後、誰が引き継げるの?

ちょっと、怒りと呆れを感じもしたが、
その思いはグッとのみこんだ。
今回の件は、自分にも非がある。

まずは、一番暑い時期にも関わらず、
熱に弱い葉物野菜を植えてしまったこと。
まぁ、これは失敗したからこそ、学ぶことはある。
週明けにでも、同僚と
どの時期に暑くて雨が降って、
その天候に強い野菜の種類を考える「季節カレンダー」作りのワークショップできそう。
あとは、野菜作りの担当を、一人の同僚に任せていたこと。
ほかの同僚は化学肥料を使っているのを見てから、
ちょっとあまり近づいてほしくなかったのもあって。

6月からデモファーム建設を始める予定。
でも、ハード面をつくるだけでなく、
ソフト面でもいろいろ調整していかないと。

↓まだちょっと、浮かれ気分だもんな。だから「こうしろ!」とか命令口調じゃなくて、楽しい気分で意識を高められるようなファシリテーションが必要かも。
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