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【vol.54】支援=最初の悔しいが原動力

2015年01月31日
バイク研修のため、
29日から31日まで、首都マニラに滞在した。
風邪が治ったと思って参加したバイク研修だったが、
午前中の座学時における部屋の冷房の寒さ、
その後の暑い中でのフルヘルメットでの実習により、
風邪は再度ぶり返し、
終わったときには発熱、頭痛によりフラッフラ。
何とか同期に宿泊先のドミトリーまで連れ帰ってもらい、
せっかくのマニラナイトなのに、
外に食べに行かず、
わざわざみんなでソーメンや肉じゃが、てんぷらなどを作ってくれた。
本当に感謝したい。

初日の夜には、昨年10月の入国以来、
ずっと念願だった出会いもあった。
フィリピンで活動する日本のNPO法人ソルト・パヤタスさん(本部・福岡)。
高く積み上げられたごみの最終処分場から煙が上がり、
「スモーキーマウンテン」との異名がついたごみ山。
その周辺に住む子どもたちやお母さんの支援をしているNPOだ。
その創設者である小川恵美子さんと、協力隊同期で会ってきた。

ソルトさんには、実は昨年10月、
週末を使って同期たちと現地体験プログラムに参加する予定だったが、
前日まで任地訪問をしており、ビコール組の帰りの飛行機が欠航。
前日にドタキャンをしてしまうという失礼があった。
その後はずっと任地にいたので、
このマニラ入りを機会に「お会いしたい」と連絡させていただいたところ、
快く応じてくださったのだ。

現地での子どもたちの支援を続けて20年になる小川さんだが、
最初のきっかけは
「悔しい」という気持ちだったそうだ。
危険と分かりながら、子どもたちはごみ拾いをして働く。
貧困で学校に行く余裕なんてない…。
「何とかしなくては、という気持ちで始めました」と語る。

そんな国際協力の〝大先輩〟である小川さんだが、
「何が正しい国際協力(開発)か分からないんです」
と話されている様子が印象的だった。
子どもたちへの奨学金事業やお母さんたちの収入向上プロジェクトなどを実施してきた小川さんだが、
「そのつど、自分で正しいと思う支援の方法を模索してきた」という。

そして現在力を入れるのは、
子どもたちの「ライフスキル教育」
つまりは、子どもたちに生きる力をつけさせること。

貧困に苦しむ子どもたち(東北の震災被災者にも同じ傾向があるらしい)は、
「自分を肯定すること」が不足している。
いい意味で言えば「足るを知る」であるが、
「どうせ自分なんて」と悲観してしまい、
上を目指そうという心意気がない。
そうして教育の機会からおのずと遠ざかってしまい、
結局〝貧困の連鎖〟から抜け出せないのだという。
そんな状況を変えるため、
心理学の専門家などの助言も得ながら、
コミュニケーション能力や問題解決能力などを養ったり、
子ども図書館を建設したりしているそうだ。

「一貫して、『心』に焦点を絞っているんです」
小川さんのその言葉に、今後の活動のヒントをもらった気がした。

私の任地ティナンバックでも、
高い技術を持った人は多い。
しかし、「みんなに見せるほどでは」と
なかなか発揮できていない人は多い。
先週は「ひたすらほめる」というのを心がけたが、
そうやってやる気を引き出すことは、
あながち間違った方法ではなかったのかもしれない。

ただ、小川さんと一致したのは
「そのやる気を継続させるのが、難しいんだけどね」。笑

ほかの同期も、多くのヒントがあったと思う。
小川さん、インターンの丹羽さん、ご参加いただき、ありがとうございました!

ちなみに
今回の会食で、小川さんの推薦で使わせていただいたのは、
マカティの日本食「ユニカセレストラン」。
路上生活など恵まれない環境に育った子どもたちに雇用の機会を提供したり、
フェアトレード商品を扱ったりという社会的企業。
今年8月で5周年というレストランだが、
この日の会食がなんと、7000組目のお客に。笑
特別なケーキまでサービスしてもらった!
オーナーの中村八千代さんも素敵な人だったし、
マニラに行くたびに訪れたいお店にが、また一つ!

↓風邪で更新をさぼっていたら、順位がどんどん落ちる…。一日一度の応援クリックお願いします!
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ユニカセ7000組
【写真】=同期とソルトパヤタスさん(左端が小川さん)、ユニカセの中村さんたち(中央)と、7000組目の記念写真(1月29日)
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国際協力・ボランティア | コメント(2)

【vol.53】節介=世話焼きは愛情の証拠

2015年01月29日
フィリピン入国後、初めて風邪らしい風邪を引いたこの3日ほど、
ホームステイ先の家族や配属先に、
本当に世話を焼かせてしまった。

「きょうはやる仕事ないから、帰っていいよ」と言わせたりとか、
「日本の薬は効かないから、クリニックに薬をもらいに行きなさい」とか、
「トローチは5粒入りで15ペソ(40円弱)で買える」とか、
部屋で寝ていると「コーヒー飲みなさい!」とわざわざ起こしてくれたりとか、
ご飯のたびに「ケンゾウ、makakan!(食べろ)」と用意してくれたりだとか、
29日からマニラ入りだから、28日は休んで風邪を治しなさいと言ってくれたりとか、
昼寝をしていたら、
「メグミ(vice mayorの娘)の誕生日会だから行くよ!」とたたき起こされたりとか、
誕生日会では「風邪だからお酒飲めない」と言っても「大丈夫!」と勧められたりだとか、
メグミの小学校の先生の前で
「いっぱいdaraga(女性の未婚者)がいるから、自己紹介しなさい」と強制されたりとか、
何とか飲みの場を抜け出せて帰宅と思ったら、家でもホストファミリーが酒盛りしていたりとか、
家でもトイレで部屋から出るたびに「ケンゾウ、飲む?」と勧めてくれたりとか、
寝たいのに夜遅くまで大声で歌っていたりとか、
夜中に誰かが号泣していたりとか、
午前6時出発の僕のために5時起きで朝ごはん作ってくれたりとか、
ジプニー(ジープ型のバス)のターミナルまでバイクで送ってくれたりだとか。

時には「ちょっとお節介」と思える行為もあったけど、
それは風邪を引いて、彼らの気持ちを自分が受け止め切れていないだけで、
すべては
「こうしたら喜んでくれるかも」「こうしたら自分ならうれしい」
という愛情のしるし。

それが決して打算的でなく、
自然としてしまうところが、フィリピン人の良いところ。
本当に、彼・彼女らから学ぶべきところって、たくさんある。

↓というわけで、3日間ほどマニラ出張です。期間中もなるべくアップしますので、1日1回応援クリックお願いします!
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メグミ誕生日
【写真】メグミ(中央の白い服の女の子)の誕生日会には、クラスメートがたくさん集まった。完全に「カメラおじさん」に(1月28日)
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フィリピン文化 | コメント(0)

【vol.52】勘違=確認さえしていれば…

2015年01月28日
土着菌(IMO)の培養が完成した(vol.48参照)22日、
配属先の同僚、ロッシーさんが、
「私も自分の方法(my way)でコンポストを作ってみたい」
と提案してくれた。

高倉式コンポストが失敗に終わってからは、
二人で
「よりフィリピンに合った堆肥の方法を探そう」
と話し合っていた矢先。
ロッシーさんも
「自分の堆肥の方法を試してみたい」
と話していたので、
「生ごみを分解する別の方法の知識があるんだな」
「ここはぜひやり方を教えてもらおう」
と思っていた。
やり方を見ていると、
ロッシーさん自らが作ったIMO溶液(土着菌を糖蜜で液状化させたもの)と、
もみ殻、米ぬか、山土をミックス。
私がIMOの培養をしたときは、
山土は入れたがもみ殻は入れなかったので、
「これは、高倉式コンポストとIMOの培養の
 両方の利点を掛け合わせたものかな?」
と思っていた。
翌23日金曜日にはかなり高温になっており、
「かき混ぜないの?」と聞くと、
「いや、もう少し様子を見る」ということだったので、
完全に任せていた。
週末にかき混ぜに事務所に行くこともなかった。
完全に、「ロッシーさんのプロジェクト」と、自分が思ってしまっていた。

これがいけなかった。
週明け26日、
事務所に行くと、ロッシーさんの〝堆肥〟は、ガッチガチ。
かき混ぜなかったため、
微生物が呼吸ができず、固まってしまったのだろう。
するとロッシーさんが
「ケンゾウ、次はどうすればいいの?」…。

よくよく聞けば、ロッシーさんが「my way でやりたい」と話したのは、
「ケンゾウが成功したIMOの培養を自分でやりたい」
という意味。
僕は、「堆肥」をロッシーさん流の別のやり方でやってくれると思っていた。
ロッシーさんは、IMO(堆肥ではなく、あくまで植物活性剤の肥料)を、
自分でも追体験してみたいという意味だった。
ここで意思のすれ違いが起きていたのだ。

完全に、人任せにしてしまっていた。
「自分のプロジェクトと考えてほしい」なんて自分では言っておきながら、
実際自分が「他人のプロジェクト」と考えてしまっていた

ロッシーさんIMOはとりあえず、まだ少しだけ発酵の温かみがあったので、
「自分が勘違いしていた」と謝罪した上で、すぐにかき混ぜてもらい、
同時に再度、IMOの仕込みも開始。
炊いたご飯にIMOを付着させ、糖蜜で培養すると、
半月はつぶれてしまう。
これではまた、プロジェクトがさらに進まなくなってしまう。

一言、
「これは何を作っているの?」と声を掛けていれば、
この勘違いは、半月のロスは防げたはず。
チームで進めるプロジェクトの難しさを、
身をもって体験した出来事だった。

↓こういう勘違いって、日本でもありますよね? 特に言語の違う途上国。一つ一つの作業を確認していこうと、考えさせられました。
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FAA完成
【写真】=ロッシーさんの名誉のために。魚の切り身と糖蜜でつくる液肥「FAA」は完成しました(1月28日)
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【vol.51】風邪=環境に体が順応した?

2015年01月27日
ここ数日、あまり天気がよくなく、
肌寒い日が続き、
軽く風邪を引いてしまった。

…それでも、20度くらいですが!?

やっぱり、常に25度以上の天気が続く熱帯モンスーン気候のフィリピンでは、
日本に住む私たちとは肌感覚が違うのか、
みんなすごい長袖で厚着をしている。

私は「日本よりずっと暖かい!」と思い、
かたくなに長袖を着るのを拒んでいたが、
まもなく入国4ヶ月が経つからか、
フィリピンの環境に、少し体が順応してきたようだ。
だから、
26日夜に37・5度の微熱があったとき、
ちょっとうれしかった。

ところで、皆さんは、風邪薬を何錠飲むだろうか?
もちろん、「用法・用量を守って」だと思うのだが、
私も守って、日本から持参した薬を3錠飲もうとすると、
家族が
「なんで一日分を一気に飲んじゃうの?」という反応。
そして、
「フィリピンは、どの薬でも絶対に1回1錠しか飲まないよ」との話。
え、フィリピンの薬のほうが強いの?

例えば識字率の低い途上国なら、
用法・用量が読めずに間違った量を服薬するという事例は聞くが、
フィリピンの識字率は95・4%(米CIA調べ)と高い。
やっぱり、フィリピンの薬は強い?
なんかちょっと効きそう。笑

ちなみに、27日朝は少し回復したので普通に出勤。
同僚に「のどが痛い」という話をすると、
「それなら、ジンにレモンを絞って飲めば、一発で治る!」とのこと。
ちょっとさすがに朝から40度の酒をあおるのは気が引けるので、
試すのは次回だな。笑

↓皆さんの住む地域、国で伝わる、風邪を治す民間療法とか、ぜひ聞いてみたいです! 協力隊関係者だけで集めても、すごい情報量になりそう。笑
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パブロン
【写真】=何度見ても、やっぱり「15才以上 1回3錠」ってありますよね?
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【vol.50】創刊=過去の失敗は「経験」だ

2015年01月25日
【長文です。お急ぎの方は後ほどどうぞ】

きょう25日目は、
二つの節目が重なった。
一つは、任地ティナンバックに来て、丸2ヶ月が経過したということ。
来て1週間で台風により首都マニラへ退避、
同僚とは金の負担をめぐってもめたり、
あまりに予定通りいかないことに、自分でいらだって空回りしたり。
水しか出ないシャワー、
冷蔵庫のない、もっというとビールのない生活に耐えられるか。
不安だらけだったが、曲がりなりにも何とか日々、歩みを進められている。

そして、このブログも、きりの良い50回を迎えた。
「ほぼ毎日更新したい」と思い、
58日で50回の更新。
正直、コンポストや土着菌の話題ばかりで、
もう飽き飽きされている方も多いかと思われるが、
毎日日記代わりにつけることで、
日々の活動の記録だけでなく、
自分の考えの整理、
そして多くの人に「読まれている」という緊張感で、
選ぶ話題、言葉、写真も少し意識して書くように心がけることになった。
(意識してるだけでどう伝わっているか…)

文章を書く、という行為は、
得意かどうかは別にして自分が好きなことであり、
自分のコンプレックスでもある。

vol.12では、
さも自分が志を持ってやめたようにかっこつけて書いてしまったが、
(今読み返すと、すごく恥ずかしい。。。)
正直に言えば、当時の同僚たちからは
「逃げた」
と思われていたと思う。
実際、そういううわさも聞いたし。

確かに、そう思われても仕方ないかもしれない。
正直、職場の人間関係、
というより、あまりに
「原稿が下手だ。取材が甘い。記者に向いていない」
と言われ続け、
精神的に参る日々だった。
そんな時に出合ったのが、国際協力の仕事だった。

たまたまきょう、同じような悩みを持つ友達とやり取りをしていて、
昔、自分が悩んでいるとき、
この曲を聴いて元気になったのを思い出した。


Bank Band 「昨日のNo,明日のYes」

もともと、GAKU-MCって人の曲だけど、
その中で
「過去のすべての失敗と失態を 経験と呼びなおすためにある今日」

って歌詞が大好きで、
去年の今ごろ、ずっと聴いていた。

記者時代は毎日怒られてばかりだった。
失敗、失態の毎日だった。
でも、今思えばすごく良い経験。
あの経験があったからこそ、
今こうしてフィリピンでさらなる「失敗」ができている。

「逃げた」って言いたければ、言わせておけばいい。
苦しかったあの日々も、
「良い経験」と呼びなおせるようになった。
次は、元物書きとしては、
見返す
のが礼儀と思う。
「こんな面白い記事書くなら、
 必死に引き止めればよかった」と言わせたい。
今、こうして毎日のように更新している〝原動力〟は、
たぶん言葉にすれば、そんな感情だと思う。

◆     ◆

ぐだぐだ書いてしまったが、
そんな原動力の固まり第2弾を、
この節目の日に始めたいと思う。

それは、
「月刊やまじタイムズ」。
月刊やまじタイムズ創刊号(1)
【写真①】=月刊やまじタイムズ創刊号1ページ目です。クリックで拡大してご覧ください
月刊やまじタイムズ創刊号(2)
【写真②】=創刊号2ページ目です

タイトルのセンスがなくて恥ずかしいが、
言うなれば「隊員通信」
過去の先輩隊員たちは、
本当に面白いセンスで、
任地の魅力、活動内容を伝えるために隊員通信を発行していた。

派遣前のコミュニティ活動研修のときにその話を聞いてから、
「ぜひ書きたい!」と思っていた隊員通信。
でもなかなかきっかけがなく、
ずるずると時間ばかりがすぎていた。
そのとき、重なった二つの節目。
「いつやるの? 今でしょう!」という
少し流行おくれの言葉が頭をよぎり、
一気に書き上げた。

正直、内容的に
日々のブログの横書きを縦書きにしただけでしかないし、
字詰めとか、うまくいかなかったところはあるが、
任地ティナンバックのことを知ってほしい、
国際協力の現場を知ってほしい、
そこで活動する「山路健造」という人間が、
どういう思いで携わっているかを知ってほしい―。
そんな思いで書き上げた。
ぜひ多くの方に手に取り、読んでいただければと思う。

↓こちらは画像ファイルでアップしていますが、「山路健造」のfacebookページには、PDFファイルでアップ予定です。よければプリントアウトして、ぜひ職場で回し読みください。笑
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国際協力・ボランティア | コメント(2)

【vol.49】死生=長く健康で生きること

2015年01月24日
23日は、Lolo(おじいちゃんの意味。Nanay・ホストマザーの父親)の11回忌。
昼前にNanayから
「昼ごはん食べるからおいで」と電話があり、
配属先の同僚に話すと
「それは飲むことになるから、きょうは帰っていいよ。
 どうせ仕事ないしね」。
こういうフィリピン人のゆるさには、
時にいらだつこともあるが、助けられてもいる。

11回忌、何をするのかと思えば、
ただご飯を食べてお酒を飲むだけ。
家族は、朝5時からのミサに参加したようだが、
参加者みんなでお祈りをするわけではないようだ。
しかも、平日の真昼間。
私は配属先から「飲酒許可」をもらっていたので
少しいただいたが、
お昼休みの時間が終われば帰っていく人も多かった。
ただの食事会みたい。
「家族、きょうだいが集まり、
 故人をしのびながら酒色を楽しむのがフィリピン流」だそうだ。

先日のことだが、近所のお葬式パーティ(?)に参加する機会があった。
夕ご飯を終え、のんびりしていると、
「ちょっと出かけよう」と誘われた先が、
ホストファミリーの娘・ジャジャのお友達の家。
そしてまさかのお葬式パーティ中だった。
そのおじいちゃんが亡くなったそうだ。

フィリピンでは、亡くなって埋葬するまでは、
5日にわたってパーティをするそうだ。
日本ならば、5夜連続で通夜を開いてから
お葬式をする感じ。
遺族はご飯を振る舞い、
参加者はお酒を飲んだり、トランプやチェス、マージャンをしながら
夜遅くまで語らいあう。
最期の最期までにぎやかなのも、フィリピンらしい。

そのおじいちゃんは75歳だったという。
ジャジャが言うには「フィリピンではかなりの長寿」という。
確かに、女性では70歳超えの人は見るが、
男性ではそんなに年上の人を見る機会は少ない。
むしろ、「40代で旦那を亡くした」という未亡人には何人か会った。

先輩隊員によると、
男性の死亡原因の多くが、心臓発作。
その背景には、やはり食生活があるだろう。

フィリピンの食事は全体的に脂っこいし、
まず野菜が少ない。
いや、ほぼない。
白ご飯にフライドチキンなんて弁当が出てくるのも日常茶飯事。
ホームステイ先でも、
野菜のサラダが出てきたことは、片手で数えられるほど。
まして、30度、40度のブランデーやジンをショットグラスで一気飲み。
それに加えてタバコもガンガン吸う。
そんな生活が、体によいわけないよな。
(私はタバコは吸わないが、酒は飲むので
 ホストファミリーからも『ケンゾウは絶対に太って帰るよ』と忠告されている)

今、配属先の農業事務所では
有機農業の試験を行っているが、
まず野菜を食べる習慣をもっと増やさないことには、
売れるものも売れないよ。
そういう「栄養教育」も、
異なった文化圏から来た協力隊だからこそ、できることかもしれない。

↓極力、野菜を採りたいと思いつつ、なかなかできていないです。海外での栄養摂取方法があれば、教えてください。
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Lolo11回忌
【写真】=11回忌の2次会。久しぶりにビールを飲んだ! やっぱり氷入りのタガイ(回し飲み)だったけど…(1月23日)
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【vol.48】一歩=成果が新たな関心生む

2015年01月23日
「協力隊は成功例が1つあれば十分」

先日、配属先の人たちとの向き合い方に悩んでいた時期(vol.40参照)、
青年海外協力隊OGの先輩からいただいた言葉。
ちょっとしたことでも成功例を示せれば、
現地の人が自分の活動に興味を持ってくれる、という意味だった。
なるほど、成功例は
「こいつは一応は技術を持って日本から来ているんだな」という、
信頼につながる。

22日、とりあえず最初の「成功例」、
というか成果物をつくることができた。
土着菌(IMO)の培養である。

vol.44などでこれまで、高倉式コンポストの失敗は伝えてきた。
しかし、IMOの培養には成功できた。

IMOは、その土地に棲む微生物のことで、
植物の生育を助ける肥料となる。

これまで、
炊いたご飯を入れた竹筒を1週間、森の中に入れてIMOを採取し、黒砂糖で液状化(vol.23)、
発酵に失敗、作り直し(vol.37)、
などを経てきたが、
このたび作り直したIMOが無事に50度近くまで発酵し、
その後、徐々に発酵温度を下げ、
無事に土と混ぜた固形のIMOとして完成した。

土を混ぜる利点は何か。
それは長期保存を可能にするため
土や米ぬかと混ぜておけば、
今後腐ったり、効果が薄れることはない、はず。
次は、このIMOを使ったぼかし肥の作成が目標。

とりあえず、完成すると、
配属先の同僚は
「どうやって使うの?」
「どんな効果があるの?」と興味津々。
山道を往復6キロ、
途中で猛犬約20匹に襲われながら、
(実際には7、8匹。でも、ちょうどこげない山の中腹で襲われたので、本当にかまれると覚悟した)
毎日ごみ処理場まで通ったかいがあった!
注文していたもみ殻が届かないなどの理由で
13日から始まったはずの有機農業試験農場プロジェクト(vol.38)も
あまり進んでいないから、
これを機に来週から、
少しずつ動き出してくれるといいな!

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IMO完成!
【写真】完成したIMO。畑に混ぜたり、これをさらに鶏糞などと混ぜてぼかし肥を作ったりを計画中(1月22日)
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コミュニティ開発活動記 | コメント(0)

【vol.47】割合=町外8割もったいない

2015年01月23日
毎週木曜日に、フィリピン南カマリネス州ティナンバック町が開いている
木曜市「Farmers' Market」について、
野菜関連の出店者の少なくとも8割以上が町外の出店者であることが22日、
同町農業事務所の調査で分かった。
木曜市は、バスセンターと隣接する、
バランガイ(村)「centoro」の中でも人通りの多い位置で開かれるが、
同事務所関係者は「Sayang!(もったいない!)」と嘆いている。

木曜市は、毎週木曜日の午前4時すぎからスタート。
野菜関連のほか、
古着や鮮魚、雑貨などの店が並び、
毎週多くの人出でにぎわっている。
農家や仲買業者は、
町に納税さえすれば誰でも出店できる仕組みで、
野菜関連の出店は毎週、もっとも多い約30店が軒を連ねている。

調査は22日、同事務所の職員と活動中の青年海外協力隊員が2人で実施。
約30店のうち、ランダムに選んだ20店舗の関係者に
①居住地②有機か化学肥料か③売れ行きの野菜④一日の売り上げ
-などを尋ねた。

その結果、20店舗のうち
居住地でもっとも多かったのは、近隣の中堅都市ゴアで10店舗。
次いでティナンバックと、同じく中堅都市カラバンガの各3店舗。
そのほか、大都市・ナガ▽サガイ▽ボンボン▽カナマン-の1店舗ずつの順だった。

◆町内出店わずか15%
地元ティナンバックは、全体のわずか15%に当たる3店舗だった。
さらに出店者を分析すると、
ティナンバックの3店舗のうち、農民が経営するのは2店舗。
しかし、いずれも17日、18日に襲った台風の影響で作物がとれず、
イモやココナッツなどを近隣の農民から購入して販売していた。
残る1店舗は、農民から野菜を買い付ける「仲買業者」だった。
同業者によると、
タロイモを農家から1キロ当たり12~15ペソ(約30円~約40円)で買い付け、
市場では輸送費を含めて25ペソ(約60円)で販売しているという。

◆有機肥料でより高値に
興味深かったのは、
カモテ(日本のサツマイモに似たイモ)やジャガイモは、
ほとんどの店舗が肥料などを用いずに栽培していること。
一度植えてしまえば収穫まではほとんど管理せずに収穫できるといい、
今回の台風被害もまったく受けていなかった。

有機農業をしていたのは、全体の1割に当たる2店舗。
土に鶏糞を混ぜて
ショウガやきゅうり、ウィングビーン(シカクマメ)を栽培していた。
一つの店舗ではウイングビーンについて、
自家で有機栽培したものと、
マニラ首都圏のケソン市から仕入れた2種類を販売していたが、
ともに同じ1キロ当たり60ペソで販売していた。
この業者は
有機は少ないエリアで多くの生産ができるので
 支出がより少なくなる。
 見入りも多い
」と笑顔を見せた。

◆重要なのは自治体支援
今回、ゴアからの出店者が多かった理由について、
ある業者は
「ゴアでは自治体が、無料で農業の技術セミナーなどを開いてくれる
 種など資材提供もしてくれる」と教えてくれた。

今回、出店者、農家へのインタビューをした同事務所のロッシーさんは
「ティナンバックでも、農家への技術指導や資材提供を強化し、
 1店舗でも多くの農家が木曜市に出店できるようにしたい」
と意気込みを新たにしていた。

↓きょうは、どのメディアも取り上げない「独自ダネ」です!笑 いかがでしたか?
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木曜市場インタビュー
【写真】=市場でインタビューする農業事務所のロッシーさん(右)
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コミュニティ開発活動記 | コメント(0)

【vol.46】混入=ここまで過剰だったか

2015年01月22日
日本で相次ぐ、食品への異物混入について。
ネットでしか日本のニュースを追えていないので正しいか分からないが、
最初は、焼きそば「ぺヤング」からゴキブリが出てきた件だろうか。
その後、マクドナルドで人の歯やビニールが混入していたことが発覚、
そのお詫び会見のまずさも手伝って、さらに騒動は拡大。
ついには、異物を混入している動画をyoutubeにアップした少年が
逮捕されるに至った-というのが現在までの流れだろうか。

正直、
「ちょっと過剰すぎない?」
と思ってしまう。

もちろん、フィリピンに来て3ヶ月、
こちらの生活に慣れてきたのもあるかもしれない。

フィリピンでは、店で買ったお米に石が入っているのは当たり前。
市場では、砂がたっぷりついた肉や魚を、そのまま売っている。
ホームステイ先では、食事をするテーブルにはいつもハエが飛んでいるし、
少し目を離すと、おかずにアリがたかっていることもある。
配属先の事務所で飲むのは水道水だし。
飲み会の席でブランデーのグラスにハエが飛び込んできたときには、
「Plutan!(つまみ、とかアテてきな意味)」と言って取り除くと、
周りのフィリピン人大爆笑!

そんな、日本からすると信じられないような衛生環境に暮らすが、
今のところお腹を下したことも、熱を出したこともなし。
食べすぎと飲みすぎで、ちょっとお腹が痛くなったくらいだ(自己責任)。

そんな環境にいるからか、
日本の異物混入への対応って、ちょっと異常に映る。
もちろん日本とフィリピンを比べるのもおかしいけど、
そんなに日本の衛生意識って高かったかな?

もちろん高い衛生意識というのは好ましいことなんだけど、
それ以上に気になるのが、
混入で話題になったものの多くが、ツイッターをはじめとしたSNSで拡散していること。
文句があるなら、直接会社に言えばいいじゃん!
わざわざ第三者が触れるところに書き込まなくてもいいのに。
もちろん、食品加工会社側も最大限の注意は払っているだろうし、
ちょうど約1年前に起きた冷凍食品への農薬混入などは言語道断だが。

ラーメン屋で、丼に指を入れて運んできた店員に
客「おばちゃん、指! 指!」
店員「大丈夫! 熱くないから」
のやり取りで、思わず許してしまうような、
そんな大らかさが欲しいな。
混入を見つけたらすぐにSNSにアップしちゃうような、
常に誰かの足を引っ張ってやろうって社会は、生きにくい。

↓途上国にいると、日本にいた時と感覚が変わってしまったのかもしれませんが…。ご意見お寄せください。
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昼からブランデー
【写真】以前紹介した「タガイ」(回し飲み)以外に、人数が多いとこうしてグラスで飲む。しかし、よくハエが飛び込んでくるのがちょっと…(昨年12月)
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フィリピン文化 | コメント(2)

【vol.45】捕獲=危険隣り合わせの職場

2015年01月21日
【きょうの投稿は、爬虫類嫌いの方、閲覧注意です】

今回の主役は、
配属先でもあまり登場したことのなかったエドガーさん=写真①
エドガーさん初登場
事務所内では「ドライバー」という役職ではあるが、
実は誰よりも率先して農業に取り組んでおり、
ピリナッツの苗木作りも中心で担っている。

少し、どう現地の人々と向き合っていいか迷っていたので(vol.40参照)、
今週は一度立ち止まって、ほかの人の様子を観察することにした。
20日はエドガーさんが朝から、
今度有機農業の試験場に植える予定のナスの苗作り作業をしていたので、
一日付き添って手伝ってみることにした。

この作業はそれほどかからず、
次の作業は、事務所内にあるオーガニック肥料の整理。
配属先の農業事務所では、
地元ビコールの企業からオーガニック肥料を無償で譲り受け、
農民に配布する作業も請け負っている。
それは無造作に置かれ、
おまけに袋はねずみにかまれる始末。
それを片付けよう、ということになったのだ。
袋は一つ50キロ。
これが運べるのは、エドガーさんと私だけ
(ほかは女性陣や還暦越えの男性ばかり)-ということで
私が自然と手伝うことになった。
(ちなみに、フィリピンでも重たい物を持ち上げられる男性はモテるそうだ。
 私が袋を持ち上げると、同僚が「それで奥さんが見つかるよ!」と、
 うるさい、うるさい。笑)

どんどん袋を片付けていった時、
最初の騒動が起こった。
袋の下から出てきたのは、なんと脱皮した蛇の皮=写真②
蛇皮

その皮を見るだけでも、直径10センチはありそうな〝大物〟。
袋がかまれた後がたくさんあったが、
まさかこれも蛇の仕業!?
しかし、みんなもう逃げ去った後だと信じていたので、
「わぁ! 出た!」とわざと怖がったり、
「後ろ! 後ろ!」と指差してふざけてみたりしていた。

昼からも、この肥料整理の作業の続き。
エドガーさんと私の二人で、事務所奥のほうの袋を持ち上げると、
エドガーさんが、
「Yaon! Yaon!(いる! いる!)」
と騒ぎ出す。
「はいはい、また始まったよ。
 もうその手は食いませんよ」と思っていたら、
ニュルニュルっと、何か動く黒い物体が…。

本当にいたよ! 本物が!


逃げ回る蛇=写真③。棒を持って、隅へと追い込むエドガーさん。
蛇1
椅子の上に上がって、逃げ惑う同僚たち。
カメラを持って追いかけるヤマジ。
それぞれの一進一退の攻防が続き。。

ついにはエドガーさんが、棒で頭を一撃して撃退!
何とかしとめることができた。


蛇は、太さ10センチ、長さ1・5メートルはあろうかという大物=写真④
蛇2
しかも、どうも毒を持っているようで。
そして、そんな「刺激的な出来事」を面白い物好きのフィリピン人が見逃すはずもなく、
気づけば事務所は人だかり。
結局、瀕死の蛇は、
ナタを持った「プロっぽい」おじさんが頭をうまく抑えながら持ち帰った。
聞けば、アドボ(しょうゆ風味の煮物)にして食べるのだとか。。

冷静に考えれば、かなり近くで作業をしていたので、
「刺激した」と勘違いされ、蛇に襲われてもおかしくない状況だった。
そんなこんなで、
一歩間違えればかまれていたかもしれない、
そんな危険と隣り合わせの事務所で、きょうも私は仕事をしている。
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任地ティナンバック | コメント(0)
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