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【vol.338】代償=任地のためになるのか

2016年03月10日
50周年記念式典、ボランティア総会は、
何とか終えることができた。
ただ、このために働いていた委員には、
かなりの無理を強いてしまった。
ほとんど1、2月は、任地での活動がままならなかったのだ。

私も、1、2月はほとんど活動を進められなかった。
ひっきりなしに、委員やJICAスタッフからメールや電話が来る。
就業時間の午前8時から午後5時まではそんな感じ。
家に帰ってからも、
連絡はもちろん、大量の資料を作る必要があった。

中でも、私を苦しめたのが、
フォトムービーの作成
だった。
これは、この50年のフィリピンにおける活動を写真で振り返るというもので、
昨年12月末に、JICA側から
「式典の食事の時間に流したい」
と、作成の打診があった。
写真は、OB・OGからJICAが集めている。
時間も20分程度
「それを適当に並べ替えて、1枚当たりの表示時間を調整すればできる」と
最初は簡単に考えていた。

しかし、JICAから
「そこに、過去に隊員が関わった現地の人のインタビューを入れてほしい」
という。
といっても、まったく当てはなし。
そこから正月を挟んで、OB・OG会にメーリングリストを使ってエピソードを募集。
1週間ほどで取材先を決めるも、
とても忙しくて委員がインタビューにはいけないので、
そこはJICAのフィリピン人スタッフに行ってもらった。

しかし、そのインタビュービデオも
30分くらい、ビデオを回しっぱなしの、ただの元素材。
どこが使えるのかなど、一切指示はなし。
しかも、フィリピン人同士で話している英語だから、速い速い…。
仕方がないので、一つ一つ聞いて使えそうなところを選び、
その箇所を切ってから、字幕のための文字起こし。
それもフィリピンの地名やら固有名詞が出てくるとお手上げ…。
文字起こしをフィリピン人スタッフにメールでお願いするも、返信はなし…・。

しかも、この作業は配属先の職場ではやりにくい。
みんな、大音量で話しているし、テレビの音量は大きいし、
すぐに誰かが邪魔をする。
そうして、特に2月は、
1日1時間程度、職場に顔を出すしかできなかった。

そして、大体の流れができた式典約10日前、
できたビデオをJICAのフィリピン人スタッフに見せると、

・ビデオが長すぎる(完成したのは、発注の20分程度の長さ)。5分にしてほしい。
・フィリピン人は英語は分かるから、日本人向けの日本語の字幕をつけてほしい。



は??

あと1週間、すべきことはたくさんある。
その中で、長さを4分の1にした上に、日本語字幕をつけろ?
ふざけるな!
私は怒りに任せ、こんなメールをスタッフに返信した。

Only 5 minutes!? Japanese subtitle? (5分? 日本語字幕?)
Are you kidding??? (冗談でしょ?)
Do you know how long did I spend to make it? (これを作るのに、どれだけ時間かけたか知ってる?)
Your request is beyond my volunteer work. (あなたの要求は、ボランティアの仕事を超えているよ)
I have many things to do!!!! (たくさんしなければいけないことがあるんだ)
If you want, please order to professional. (もしそうしたいなら、プロに頼んでくれ!)
I can help any more. (これ以上、協力できるか!)



プロに頼め!は、自分としては皮肉のつもりで書いたのだが、
このメールを読んだほかのスタッフさんからあわてて連絡が入る。
ビデオの時間に関しては、事務所内で認識が間違っていたこと、
そして、
結局、編集は確かに、プロに頼むのも一つの手だ、と。

結局、本番では、「コンセプト by Kenzo Yamaji」という形で、
プロに編集してもらった映像が流れた。
しかも、使われている写真や情報は、
私が提供を受けていないものばかり。。
素人の私が作ったものより、もちろん映像は美しかったが、
「あの忙しい日々は何だったんだろうなぁ」と、ちょっと悲しくなったのも事実。

この間、1月に終わるはずだった木酢プラントの建設は、
私がプレッシャーをかけないもので、まったく進まず。
英語の文字起こしを同僚に手伝ってもらおうとしたのに、
テレビドラマを優先する同僚に腹を立てたこともあった。

もちろん、職場のみんなは「JICAの仕事が忙しいのね」と慮ってくれたが、
まったく、任地には関係のない仕事なのに…。

ただ、最後には、
式典でJICAのこれまでの歩み、現在の支援体制を知ってもらうことで、
よりこの国での国際協力の裾野が広がるのでは

と、自分の中では折り合いがつけられたのだが…。

自分も、式典・総会の忙しさを理由に、
なかなか進まない任地での活動から、逃げてしまっていたという側面もある。
活動をおろそかにしてしまった代償。
今から残り半年少しでの頑張りで、取り戻していくしかない。

↓もちろん、結果としては、委員長という仕事をさせてもらったことは、学ぶことが多かったです。ただ、配属先の人たちに「そのプロジェクトは来月から本格化させよう」「ごめん、もう1ヵ月待ってもらえる?」と伝えることは、本当に心苦しいものがありました。
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【vol.337】物販=障壁が導く同僚の成長

2016年03月09日
vol.336JICAカラーで祝福のつづき

今回のココナッツオイルの物販は、
いわば賭け
だった。

ココナッツオイルの作成自体は、
ほぼ順調にできている。
ただ、
問題は容器だ。
物販で買ってもらうとなれば、紙コップで売るわけにもいかない。
風味を損なわないためには、空気を通さないガラス製である必要がある。
しかし、近隣都市・ナガのホームセンターでガラス製を探しても、
一つだけで150ペソ(約360円)もして、
それだけで原価割れをしてしまうのだ。
小さめで、30ペソ(約70円)とまだましなものを探しても、
横にスターバックスコーヒーの偽物のロゴが入っていたり。
10ペソ以下で買えたとしても、ほぼプラスチック製。
ナガで考えられる商店、スーパー、ホームセンターをすべて回ったが、
適切なボトルはなかった。

そこで、今回私たちは賭けに出た。

今回、式典には、配属先のティナンバック町農業事務所から1人が参加できた。
招待状は市長名で来ていたが、
回りまわって、参加するのは同僚のロッシーさん
今、ココナッツオイル、木酢、有機農業と、
二人三脚で仕事を進めている女性だ。
私たちの賭けとは、
式典当日にマニラ入りするロッシーさんが、
マニラの専門マーケットでオイル用のボトルを購入。
容器を詰め替えて、式典会場で陳列する

という案だ。

正直、これもかなり時間的に無理があった。
ロッシーさんの飛行機は、午前11時にマニラ空港着。
そこから、まずはホテルにチェックインして、
すぐにボトルを買いにマーケットへ。
そして詰め替えて、式典会場に行く午後4時すぎのバスに乗る。
時間的にもかなり厳しいが、
ロッシーさんは、今回飛行機でマニラ入りするのが初めて。
(マニラと陸続きのティナンバック町の人は、ほとんどがバスを利用する)
しかも、マーケットはマニラでも外れのほうにあるらしい。
私は式典や総会の準備で、とても同行できる状況にない。
「大丈夫だろうか?」
心配で心配で、朝から1時間ごとに電話で確認するほどだった。

結果から言うと、
この賭けは大成功!
マーケットには、マニラ在住の知り合いに一緒に行ってもらったらしく、
すんなり購入。
しかも、一緒に
苦手な人の多いココナッツオイルのにおい消しのための
シトロネラ(レモングラスのような香料)オイルの購入にも成功!
ここまでは、式典が始まる前の電話で報告を受けていた。

うれしかったのはこの後。
何と、この物販のために
自分でココナッツオイルのラベルを作り、持参してくれていたのだ!
KENJIオイル
【写真】=ロッシーさんが持参したラベルを貼ったココナッツオイル(2月22日)

これは、式典が始まる前の高揚感も併せ、
本当に涙が出るほどうれしかった。

実は、式典2日前の20日、
自主勉強会「フィールド調査団」の最終報告会があり、
そこでココナッツオイルプロジェクトについて報告していた。
そこで、今回の物販のことについて、この容器購入のドタバタぶりも話していたが、
食品加工隊員から、
「食品の安全情報を知るラベルがないとかありえない」と酷評をもらっていた。
(『まずは商品を作ってみて、売ってることが大事』とフォローしてくれた隊員もいたが…)
その指摘に関してはおっしゃるとおりで、
ラベルに関しては、今回は用意する時間もなく、仕方ないと思っていた。

しかし、とりあえずは同僚が、ラベルを作ってきてくれた。
「売る」ことに、積極的になってくれた証拠だ。
もちろん、ラベルはただ、
商品名と内容量、連絡先が書かれているだけで、
・製造年月日、消費期限が書かれていない
・材料が書かれていない
・バージンココナッツオイルの「Virgin」のつづりが「Vergin」
・私の「KENZO YAMAJI」をもじって「KENJIココナッツオイル」と、
 別の日本人の名前みたいになっている

と、突っ込みどころ満載。
しかも、
すべてのボトルにシトロネラオイルを入れており、
(オイルは刺激が強く、あまり口にするのはお勧めできない)
すべてマッサージオイルとして販売するしかなくなってしまったが…。

でも、
とりあえずはそうして自主的に作ってきてくれた気持ちがうれしかったし、
本当に信頼できる同僚だと思った。


結果として、
ココナッツオイルは、用意した約30本(80~100ミリ)はすべて完売!
一緒に販売した、有機のターメリックジンジャー茶と併せ、
約4000ペソ(約9600円)の売り上げがあった。

今後は、この売り上げで得たお金を原資に、
これまでは私の自腹で行っていたココナッツオイル事業を、
さらに拡大させていきたいと思う。

↓次の物販は、5月のボランティア総会。それまでにまた質、量ともに向上できるように、研究・生産に努めます!
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フィリピン50周年記念式典 | コメント(1)

【vol.335】帰属=無意識に出た「うちの」

2016年03月08日
2月22日の50周年記念式典(vol.334「アットホームな式典」)が終わっても、
行き着く暇もなく、次なるビッグイベントが。。
それは、年に2回開催される
ボランティア総会
だ。

ボランティア総会とは、フィリピン国内で活動するボランティア(協力隊、シニアボランティア)が集まり、
全員で決めるべきことを決めたり、
お互いの活動を報告しあったり、
活動につながるような講話を聴いたり、ワークショップを開いたり。
JICA事務所主導ではなく、あくまでボランティア主体の活動なのだ。

フィリピン隊員では通常、「総会委員」として、
この総会を仕切る。
通常は5月と11月の総会だ。
ただ、今回は、すでに2016年2月22日に50周年式典が開かれることだけは決定済み。
式典があまりに大きな行事なので、
15年11月には総会は開かれないことは、私たちが委員になった時点で決まっていた。

そこから、まずは総会は式典とセットで実施するのか、
そうすると、次の総会はいつするのか。
そういう時期の選定をまず実施し、
この2月に式典とセットで総会もしようと決まった時点で、
われわれは「式典・総会実行委員会」として動き出した。
そして、私はその実行委員長。
委員の人数もいつもの倍の人数を加えてもらったが、
もちろん仕事も式典と総会を同時並行で進める。
仕事は倍、いやそれ以上。
本当に委員の皆さんは、よく頑張ってくれたな、と思う。
ぜひ、今、その場で拍手をしてあげてください。笑


双方の情報が集まる私も、それなりに忙しい立場。
そんな中、自分でさらに2つのことを課した。
活動報告と物販だ。

活動報告(帰国間近の隊員は帰国報告、英語ですることもある)は、
文字通り任地の活動を報告すること。
これは基本的に任意だ。

しかし、私はできるだけこのタイミングでやりたかった。
次回総会は5月。
しかし、この3月で、一気に先輩隊員が13人も帰国してしまい、
私たちはかなりベテラン組になってしまう。
5月にしてもいいが、できるだけ先輩隊員が多いタイミングでしたい…
と思い、手を挙げさせてもらった。
総会活動報告
【写真①】=活動報告をする筆者(2月23日)

結果は、
やっぱりやって良かったな、と。
実際、この1、2月はほとんど活動が進められなかったので、
内容は1月に実施した英語での中間報告(vol.332やはり外の目は刺激に)を
ただ日本語にしただけ。
事前のリハーサルもほとんどできないまま臨んでしまった。

でも、もらったフィードバックは
「任地でも参考にします」とか「勉強になりました!」というものもあれば、
「ちょっと活動を広げすぎでは?」とか
「発表の仕方をもっとコンパクトに伝えたほうがよい」とか、
そういうアドバイスもいただけた。

また、この日はJICA本部の柳沢香枝理事も来賓でいらっしゃっていたが
終わってからの講評で
「山路さんが『うちの町』とおっしゃっているのが印象的でした」
と言ってもらえた。
まったく無意識だったが、気づけば出ていた、
ティナンバック町への帰属意識。
NGOやJICA専門家など、途上国で国際協力の仕事は多々あれど、
柳沢理事いわく
「そうやって、自分の町と言えるのは、協力隊だけ」。
ほかの仕事では、アドバイザーなどで入ることはあっても、
その町の行政機関に所属し、地域に住み、住民と同じものを食べる。
「本当に貴重な経験をさせてもらっているのだな」
と思わせてもらった講評だった。

もう一つは物販。
総会の目玉の一つは、ボランティアが任地で支援した商品を販売する
ボランティアバザー。
これに初出品してみたのだ。=つづく

↓かなりブログ執筆をサボっていたので、書きたいことがいっぱい! 総会篇はちょっと長くなったので、物販は別の項にして紹介します!
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【vol.334】閉幕=「アットホームな式典」

2016年03月06日
ずっと、半年以上前から取り組み続けていた
青年海外協力隊フィリピン派遣50周年記念式典、
無事に終わりました!
いやー、本当に終わった瞬間、
とりあえずだらぁーっと肩の力が抜けていくのを実感した。
本当に最後の最後まで準備に大忙しだったし、
式典中も決して息の抜けない式典だった。
50周年式典集合写真
【写真】=来賓や現役隊員、OB・OGで撮影した式典の記念写真(2月22日)

式典中に気が抜けない理由、
それは
司会を任されていたから。
実行委員長だし、どこかであいさつなり、
人前で話す機会はほしいなぁと思っていた。
今回決めた「変化~人と笑顔を繋いだ50年」というコンセプト。
なぜこの言葉にしたのか、どんな思いを込めたのか―。
人前で話すのは苦手だが、どうしても伝えたかった。

しかし、JICA側から上がってきた式次第は、
来賓のあいさつのみ。
現役隊員が出られるのは、1時間のパフォーマンスのみ…。

そんな時、JICAのフィリピン人スタッフから、こんな提案をされた。
「ケンゾウ、MCにしておくね!」

ん? MC?
うーん、想像していたのと違うような…。
でも、せっかくの機会だし、
「もう式次第を印刷に回さないといけないから、この電話で決めて!」
という無茶振りもされたし、
「えい、やってやれ!」という思いで、引き受けてみた。

結果として、やって良かった。

言語は英語。
原稿は、フィリピン人の広報スタッフさんが作ってくれていた。
しかし、せっかくの機会なので、
この中にコンセプトの説明を入れ込ませてもらった。

変化は、過去、現在、未来において、
協力隊はこの国を変えるために汗を流してきたこと。
そして、今も変えようと努力をしているし、
これからも変えようとしていくこと。

そして、ただ単に一方的に変化を与えてきたのではないこと。
協力隊員自身も、フィリピン人と交わる中で、
活動のヒントをもらったり、助けてもらったり、一緒に汗を流したり…。

そういう双方の変化により、日本人・フィリピン人に笑顔が咲いた―。
そういう思いを、MCの中や、作成に関わったフォトムービーの中に盛り込んだつもりだった。

細かいミスを挙げれば切りがないが、
結果としては、満足のいく式典になったと思う。
OB・OGさんからもMCをしていた関係で多くの人から声をかけていただき、
「素人感満載のMCで、好感が持てた」とか
「アットホームな式典でよかったよ」とか
お声をかけていただいた。
各地の50周年式典に出られている、JICA本部の柳沢理事からも
「フィリピンの多様性や皆さんの任地での活躍を実感しました」
とお褒めの言葉をいただけた。

JICAの広報ページでも、紹介していただいた。

とりあえずは、ひと段落。
日本や世界中からエールを送ってくださった皆さん、
ありがとうございました!

↓かなり遅い報告となってしまいました。「失敗して、ヤマジ落ち込んでいるかな?」と期待した皆さん、残念でした。笑
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【vol.333】決戦=ついにあす50周年式典

2016年02月21日
当日は何が必要か、
誰がどんな動きをするか、
もし、思っていたのと違う場合も含めた対応を…。

この2ヵ月ほどの準備は、
前職の記者時代の選挙取材を思い出した。


まずは選挙が決まれば、
有権者がどのような思いで投票をするかの連載、
候補者の横顔(人となり)の取材、
どのような課題が争点となりうるかの連載…。
さまざまな企画が立ち上げられる。
そういった企画のみならず、
例えば真夏の選挙ならば、各陣営の炎天下対策、
各自治体の開票作業の迅速化、
選挙必勝のアイテムなどの話題物…。

そして選挙戦が始まって当日は、
実際に終えた人に投票先を聞く出口調査を実施し、
締め切り時間もギリギリであるので、
それぞれの陣営が勝った場合の想定、
締め切り時間までに決まらなかった場合の想定などで
予定稿(事前に書いておく記事)を準備する。

そして当日は、各陣営に人を張り付け、
当選した陣営はバンザイ写真を撮り、勝利者コメントを取り、
負け陣営は負けコメントを取るきつい仕事が待っている。

そうやって、さまざまな場合を想定した取材。
「選挙取材は準備が9割」とも言われる。

そして、私たちの式典・総会準備。
昨年10月ごろから準備を始め、
まずは式典で伝えたい「コンセプト」を決定(vol.276過去、現在そして未来)。
式典では当日の準備の仕方や配置、動き方を考え、
協力隊員のパフォーマンスを考え、
JICAのボランティア調整員さん、ナショナルスタッフとの打ち合わせを重ね。
式典、そして総会のコンテンツを考えていき、
それに必要なものを準備し、もし予想外のことが起きた場合の対応も考えておく。

本当に、この2、3ヵ月は、
委員の皆さんにふがいないリーダーをさせてもらった。


いよいよ、決戦はあす22日。
この日に向けて考えうる準備はできたと思う。
あとは、22日の会場準備と、予想していたこととは違うことが起きた場合の対応をするだけだ。

さぁ、これから委員で、ビールを手に、簡単な決起集会!
それも、選挙取材に似てる!?

↓22日に参加される皆さん、よろしくお願いします! ぜひとも、応援メッセージなどいただけると、励みになります!
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