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【vol.498】仙人=隊員を旦那にいかが?

2016年10月05日
「仙人みたいな生活してきたんやな」

帰国を間際に、
マニラ在住の駐在員さんから、そんな言葉を言われた。
理由は、私が話した任地での生活。
月1000ペソ(約2000円)で十分に暮らせる―。
その言葉に、その駐在さんは、
「俺なんか、1日で1000ペソとかすぐ使うわ」
と笑っていた。

ただ、こういう生活は、フィリピンの隊員で極端に珍しいものではない。
私はホームステイで、3食きっちりと出てきていた上、
使うのは、週1回、お手伝いさんに頼む洗濯(1かご100ペソ)と、
同僚や友達と飲む酒代、つまみ代くらい。
お酒も、エンペラドール(ブランデー)は1リットルで100ペソ、
ジンにいたっては、小さなボトルで50ペソくらい。
ともに30度、40度の強さがあり、
十分に200~300円くらいで、ベロンベロンに酔っ払える。
ジンやエンペラドール
【写真】=任地でよく飲まれるジン(透明の瓶)とエンペラドール(9月24日)

自分で洗濯を手洗いして、お酒も飲まない隊員なら
「ついに今月は、1ペソも使わなかった」
という強者も、かつてはいた。
物価は日本並みのマニラでは、
とても考えられない生活だろう。

この2年間で身につけた能力の一つとしては、
あまり、無駄なお金を使わなくなったこと
だろう。
フィリピン協力隊が現在支給される生活費は月325ドル(約3万3000円)。
その中で生活しなければならないから、
何か物を買うときは慎重になってきたし、
トライシクル(三輪バイクタクシー)代の8ペソも
「このくらいなら歩いてしまうか」となるし。
一方で、旅行やお酒を飲むなど、
みんなで楽しむことにはバンとお金を使う。
結構、経済観念がしっかりしてきたのではないかと思う。

なので独身女性の皆さん、
協力隊経験者って、旦那として魅力的だと思うんですよ。笑
家庭を持っても、経済観念はしっかりしていて無駄使いしないし、
炭コンロだろうが火をおこして料理ができるし、
いろいろと、物も修理しながら使うことができるし、
途上国で2年間生活できるだけの体力もあるし。

前職時代は、ある程度給料も安定していたこともあり、
何かが壊れても、
「新しいものを買えばいいや」と
お金に物を言わせて生活していた。
しかし、協力隊として生活する中で、
320ドル以上を使えば、日本の口座から国内積立金が引かれて赤字となる。
だから、壊れても使い続けたり、修理してみたり。

貧乏くさいといわれてしまえばそれまでだが、
やはり、二人で生きていく上でお金は大事なわけで。

皆さん、こんな男性、いかがですか?
ただ惜しむらくは、
多くの隊員が帰国してから当分、無職だということだが…。笑

↓独身男性の皆さん、協力隊に参加して“サバイバル能力”を身につけ、婚活で差をつけてみませんか? 現在、2016年度秋募集の受け付け中ですよ!
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【vol.486】完工?=木酢工事の結果いかに

2016年09月26日
いよいよ、任地で過ごす最後の日。
このブログを散々にぎわせてきた木酢工事だが、
その結果がどうなったかというと…

…離任までに、工事終わりませんでした。

まぁ、これはかなり、仕方ない面もあり。
先週の金曜日23日から日曜日25日に掛け、
わが任地ティナンバックは、雨続き。
この天候のおかげで、屋根部分の溶接工事に入れず、
(溶接には電気を使うため、濡れると危険)
結局、屋根の工事が再開したのは、26日から。
完成を見ることなく、任地を離れることが決定した。

さらに言うと、工事作業員が話すことには、
屋根は、27日午後には完成するということ。
おい、それ、私が任地を離れて数時間後じゃん!笑
翌日には窯部分の補修工事をして、
29日か30日には試験運転をできる見込みという。
あと数日、任地にいられたら…。
私はこの2年間、サヤン(現地語で『モッタイナイ』)という言葉にこだわり、
(サヤン:vol.47町外8割もったいないvol.194モッタイナイの極致へ
「自分の状況が、一番モッタイナイよ!」という、オチ付き。笑

最終日は、月曜朝のフラッグセレモニーからスタート。
「最後なので、役場の人たちと写真を撮りたい」というと、
「じゃあ、みんなの前であいさつしろ」という話に。

あまりしんみりしたあいさつは苦手、
というか、現地語でうまく話せる自信はなかったので、
笑いを取りに。
「ケンゾウです。農業事務所で働いていました。
 独身です。彼女いません。
 奥さんを探しています。
 もし日本に行きたいという人がいたら、
 今日中に私に連絡してください。
 独身のきれいな女性限定です」


…やや受け。笑
でも、最後に記念になる写真が撮れて良かった。
木酢最終日4
【写真①】=町役場の人たちと。一応スピーチのおかげで、私の周りは独身女性を固めてくれたらしい(9月26日)

そして、そのままごみ処理場に移動し、
最後の最後の、本当に最後で
木酢のセミナーが実施できたのだ。

木酢最終日1
【写真②】=参加者の前で木酢の効果について説明する筆者(9月26日)

実は、当初の予定では、
土曜日24日には木酢プラントが完成し、
日曜日25日に試験運転、
そして月曜日26日にお披露目式典と木酢セミナーという流れで企画し、
付き合いのある学校の農業担当の先生や農家などに
声を掛けていたのだ。
しかし、工事は遅延。
でも、参加者には声を掛けてある。
ならば、セミナーだけでもやっちゃえー!という、
どちらかというと、私たちの自己満足を満たすためだけの
セミナーを開くことになったのだった。

まだ、プラントも完成していないし、実物の木酢もないのに…。

でも結果は、
参加者の人たちに喜んでもらえたので及第点!
木酢最終日5
【写真④】=参加者たちと、木酢をバックにハイポーズ!(9月26日)

未知のものである「木酢」というものを知ってもらえたこと、
そして、セミナーで伝えるべきことを、同僚ロッシーさんと考えられたこと。
この日使ったデータはすべて彼女に渡してあるので、
今後、次のボランティアが来るまでも、
彼女が率先して、木酢を広めてくれるだろう。
参加者が帰った後、ロッシーさんの
「Success(成功)!」
という、「サ」の前にさらにためがあるような言い振りが、
私たちの達成感を物語っていた。
「せっかくなら、チェンバー(冷却装置)も載せてみよう」と、
完成予想的な写真も撮ることができたし。
木酢最終日2
【写真⑤】=窯の上にチェンバーを載せてみた。見にくいが、チェンバーには私の名前入り(9月26日)

そんなこんなで、
実りのある成果を残せたとはいえないが、
最後の最後で妙な達成感だけは味わえた、
そんなティナンバックの最後の日が、こうして終わっていった。

↓朝のフラッグセミナーから12時間(現在、現地時間午後9時前)経ちましたが、「日本に行きたい」という女性からの連絡はなし。出発する、明日の朝まで粘ります!笑
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【vol.481】挑戦=色んな種はまいてきた

2016年09月21日
「ケンゾウさんは『何もできなかった』と言ったけど、
 いろんなことに挑戦してきているじゃない。
 挑戦は、何よりも大事だと思う」―

その言葉に、この2年間が報われた気がした。

ここ最近は、
「この2年間、結局何も『成果』を残せなかった」
と、悩み続けていた(vol.479配属先にどんな感情を)。
ミミズ堆肥も失敗し、デモファームはできず、
ココナッツオイルも中途半端。
そして、木酢は工事が終わらず…。
「何か、現地に見える成果を残したかった」
そればかり悔い、
自分の能力のなさ、
政治的な関係に翻弄されたこの2年間をのろっていた。

そして迎えた21日。
JICAから調整員(ボランティアのお世話をしてくれる方)が任地に来て、
最終報告会だった。
JICA任地最終報告1
【写真①】=JICAの調整員さん(手前列)に活動の報告をする筆者(右奥、9月21日)

私は、この2年間、一貫して言い続けてきた
「サヤン」(フィリピン語で『モッタイナイ』:vol.194モッタイナイの極致へ)の話をし、
そして町で見つけたサヤンに対し、
ミミズ堆肥や木酢、ココナッツオイルを提案したことを説明。
しかし、そのどれもが成功とはいえないことを話した。

その私のネガティブ発言に対し、
JICAの調整員さんから出たのが、
冒頭の一言だった。

そう、私たちは、成果は残せなかった。
でも、必ず次につながる挑戦はし続けてきたのだ。


3月にJICA本部の方とお会いした際、
「協力隊で得たことは?」と聞かれた際、
とっさに頭に出てきたのは、
「あらゆることに挑戦することを恐れなくなったこと」
という答えだった。

日本社会は、失敗に厳しい。
一度の失敗が、その後の社会人人生を左右しかねない。

その点、フィリピンは失敗に寛容だ。
まぁ、多くの人が失敗をするし、
もしかしたら、失敗しているということに気づかないまま、
仕事を進めていることさえあるし。笑
失敗して落ち込んでも、
「トゥモロー イズ アナザデイ!」(明日は別の日だよ!)と
声を掛けてくれる。
だからこそ、多くのプロジェクトに挑戦をしては失敗をしてきた。

でも、それらは“種”だ。
現に、直前になって、
デモファーム代わりのスクールガーデンは始まる(vol.440急に復活デモファーム)し、
木酢も、もうすぐ完成しようとしている。
私がいる間に花は咲かなかった。
でも、花を咲かせようと、種はまき続けてきた。
種をまかなければ、花も咲くことはない。
種をまき続ける努力をできたことは、誇ってもいいのではないか。


同期のインドネシア隊員が、
すごく共感できる言葉をブログに書いていたので引用。

できたか、できなかったか。
何をしたか、成果をあげたのか。
それは重要な事じゃあない気がしている。

結果は出した。
多くの人が、「すごいね」と言ってくれるような結果。
でも自分は何もできなかった、と思ってる。
何をするにも、どこに行くのも一人だった。
どこまでも一方通行でしかなかった。

一遍でしか見れない成果なんて、報告書用の一つの判断軸でしかなくて。

でも
しんどかったことは
自分の経験値として、ただ蓄積していけばいいんじゃないかな
って思うのです。

(中略)

ここに来てようやく私のこの2年は、挫折経験だったのかもしれないな、と腹落ちしてきているわけです。挫折を味わえた、ということが、この2年間の成果なんじゃないかなと、言ったら怒られちゃうかしら。

                    とある女子のロンボク730日滞在記
                    「【任期短縮を考えていた私の、2年の成果。】つらいことは、ここに封印。」
より引用



この2年間の挑戦し、失敗してきたことは、
私にも、同僚たちにも、
学ぶことはあったはず。

「過去のすべての失敗と失態を、経験と呼びなおすためにある今日」
なのです。


ちょっと心を覆っていた白い雲の間から、
少しだけ、お日様が見えてきた気持ちです。

↓といって、安心してばかりもいられません。残り6日、まだまだしなければいけないことはたくさんあります!
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【vol.480】洗浄=8ヵ月ぶり日の目見る

2016年09月20日
ついに、
20日で離任(任地を離れる日)まで1週間となった。

ほかの同期のfacebookやブログを見ていると、
いよいよ、任地を離れる日が―なんて投稿も。
フィリピン組は、割と出発日が後半組だったので、
まだ1週間はあるのだが、
本当に、いよいよという感じになってきた。

でも、工事はまだまだ終わってくれない。泣

とりあえず、本格工事2日目で、
小屋の支柱を立てる作業が開始。
鉄筋を土中に埋め、
コンクリートで固めていく。
木酢支柱立て
【写真①】=コンクリートで、屋根を支える支柱を固める作業員たち(9月20日)

21日には、もう屋根を載せる作業をするというのだが、
20日は途中、大雨が降ったけど、コンクリートは乾くの?
心配は尽きない。

そんな中、うれしいことも。
今年1月には完成していた冷却装置(チェンバー:vol.326一気に建設に向け動き)が、
初めて現場であるごみ処理場に運びこまれたのだ。
ちょうど8ヵ月前に納品された冷却装置。
その間、ほこりをかぶり、
時には灰皿代わりにされて私を怒らせた(vol.349合羽から文化違い考察)が、
キレイに水で洗い流すことができた。
木酢水洗い
【写真②】=チェンバーについた汚れを水で洗い流す同僚のロッシーさん(9月20日)

かなりほこりまみれとなっており、
ロッシーさんと二人で、ゴシゴシと磨いていると、
「あぁ、やっとこれも日の目を見させてやることができるかなー」と感慨深げ。

ただ、
水道のパイプを注文し忘れていたり、
支柱と支柱の幅が狭く、「これじゃ、ちょっと作業しづらくない?」という意見が出たり。
最後の最後まで、なかなか気を休ませてはくれない。

今回、久しぶりにチェンバーが納入されたときの投稿を見返したら、

初の窯に火入れをしたときは、関係者を集めてパーティをしたいなぁ。いつになることやら…。


なんて書いてあった。
8ヵ月前の私に教えてあげたい。
「あなたの木酢は、
 8ヵ月後の離任1週間前になっても、
 完成していないよ」って。笑


↓あす21日は、JICAの調整員さんが任地ティナンバックに来ての最終報告会。でも、この時点で仕事が終わっていないって、なかなかないんじゃない?笑
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【vol.478】骨組=工事開始も尽きぬ不安

2016年09月19日
新聞記事には
予定稿
というものがある。
締め切りギリギリの時間帯になりそうな記事は、
あらかじめどんなことが起こるかを予想し、
行数も整えて、コメントだけを入れればいいようにしておくような記事だ。
そのほか、記事はある程度、
頭の中でどのような出だし、文章の構成、オチがどうなるか、
考えておくのが習慣になっていた。

ずっと待ち続けていた木酢の工事。
これも、始まったときは、どんな気持ちになるのか、
自分の中でブログ記事をシュミレーションしていた。
達成感を感じるのか、
それとも、やっと始まったと安心感に浸れるのか。

しかし、私が得た感情は、決して前予想になかったものだった。
「え、本当に大丈夫なの?」という
不安感しかなかったからだ。


結果から言うと、
JICAと約束した21日までの完成は、完全に不可能となった。

工事が始まったのは17日の土曜日。
この日は、ナガのお祭りに行き、買出しをして、
夜は、同じビコール地域で活動する隊員を招いた送別パーティ。
時間がない中、
「朝7時から作業をスタートする」というので、
ちょっと余裕を見て、午前9時ごろに現場に行ってみる。

案の定、現場には誰もいない。

仕方なく、また建設業者を訪ね、再確認。
すると、
「今から行くから」という、
そば屋の出前みたいな返事。
しかも、
その時間から打ち合わせをしているし。。
木酢打ち合わせ
【写真①】=写真を見ながら、木酢の屋根工事の打ち合わせをする作業員たち(9月17日)

もう、ずっとは付き合っていられなかったので、
「あとはよろしく」と、私も現場を離れる。
それがいけなかったのか…。

翌18日、
ティナンバックを訪問してくれたボランティアたちを連れて、
木酢を紹介する。
しかし、
やっぱり、作業は始まってないじゃん!

誰も現場にはいないし。。
ちょっと、業者に確認に行く時間も体力も残っていないので、
昼から作業を進めてくれていると信じて、再び現場を離れる。

そしてきょう19日、
いざ、現場に行ってみると…
木酢骨組み
【写真②】=作業が始まってはいたが…(9月19日)

え、これだけ?

再確認すると、
町役場の設計のエンジニアから設計図を
業者側に提出するのが遅れたのが原因とのこと。
でも、17日の時点で設計図は業者が持っているのを私が確認していたし、
その前2日ほどは部材の準備だっていって仕事をしなかったし、
この週末、できる作業って、いっぱいあったんじゃない?

もう、脱力。
「あと1週間は掛かる」とか言っているし。
私、任地を27日には離れますよ?
もうチケットきましたよ?


あぁ、いつになったら、心休ませてくれるのだろうか。。

↓本当に、ギリギリもギリギリまで仕事は続きそうです。飲み会している場合じゃないな。
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