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【vol.497】主導=リーダーは何もしない

2016年10月05日
青年海外協力隊に合格して以降、
ありがたいことに、多くのリーダーをさせてもらう機会があった。
派遣前訓練の11班班長しかり(vol.242訓練所「班長」のススメ)、
今年2月のフィリピン派遣50周年記念式典委員長しかり(vol.334「アットホームな式典」)、
フィリピン協力隊の隊員誌「たらばほ」編集長しかり(vol.384・45年の歴史に新たな編集

ただ、自分でも自覚している。
私は決して、リーダーに向いている人間ではない。
強い統率力もなければ、強い言葉を言えるわけではない。
結構、というか、かなり抜けている部分もある。
あまり向いていないからこそ、
この2年間で自分を成長させたいと、
自分に負荷をかけてきた部分もある。

そんな私にとって、
「全然自分に自信が持てない自分でも、
 リーダーがやれるかもしれない」

と思わせてくれる本に出合った。

それが、
「最高のリーダーは何もしない~内向型人間が最強のチームをつくる」

だ。

簡単に内容を説明すると、

・価値観が多様性している時代にあって、
 なかなか強烈なリーダーシップが受け入れられにくい。
・そのため、権限を「現場」に引き渡しているリーダーが多い。
・リーダーのもっとも大切な仕事は「ビジョン」をつくること。
・リーダーは、働きやすい環境をつくることが仕事。
・リーダーは、常にいろんなことが順調にいっているか、
 悩み続けることが大事。


といったところだろうか。

これは、私が派遣前に農業研修を受けた、
アジア学院で学んだ
「サーバントリーダー」
という考えに近いものがあるように思う(vol.92言葉よりも背中で見せる)。

決して現場で強い言葉を発し続けるのではなく、
現場の人たちの個性を生かしながら、
決して前に出ることなく、行動で示す。
私があこがれるリーダー像に近いものだった。

私も、「何もしない」というか「何もできない」リーダーだった。
例えば50周年式典。
当初は、私が各担当に指示を出し、
いろいろと動いてもらおうと思っていた。
だから、すべての情報を集めようと必死になっていた。
しかし、そういう情報収集能力にも、管理能力にも限界があった。
そこで、途中から方針を転換した。
各担当が、一番それぞれの仕事を分かっている。
では、彼らが一番動きやすい環境をつくるには、どうしたらいいか。


そう頭の転換をしてからは、
仕事がスムーズに進むようになった。
例えば講師を呼ぶ担当。
講師とのやり取りは任せ、
彼の要望をJICAに通すには、
どうしたらいいかに専念するようになった。
JICAとの連絡も、最初は個別であり、
忙しい調整員さんの手を煩わせることもあった。
そのおかげで、なかなか回答をいただけないケースも。
そこで、質問シートをつくり、週2回と決めて、連絡を入れるシステムを導入。
だいぶ、質問を整理することができ、
何に回答をもらっていて、何が未回答なのか、
分かりやすくすることができた。

班長、式典委員長、たらばほ編集長の3つに共通しているのは、
私は、ほとんど連絡係に徹していたこと。
全体に連絡を流したり、
訓練所の班担当さんやJICAとの調整役になったり。

しかし、常に
どうしたらもっと効率が上がるかを悩み、
「こういうことがしたい」とビジョンは示し、
(式典は『思い出に残る式典にしたい』、たらばほは『初の電子化に取り組みたい』など)
どうやったらほかのメンバーの個性(特に協力隊は強烈な人が多い)が生かせるのか、
それに力を注いできた。
もしかしたら、それは、
この本で言う「リーダー」に、
片足くらいは突っ込めたのかな、と思う。


帰国をしたら、もうすぐに32歳。
だんだんと、リーダーなどの役割を果たす年齢に差し掛かっている。
いろんなことで悩むこともあるだろう。
そんな時、また読み返したいと思える本に出合えた。

↓本はいろんな組織のリーダーの実例が紹介されており、読み物としても十分に楽しめる本でした。ぜひお読みください!
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青年海外協力隊2016年度秋募集情報 ♪ 11月4日(金)までですよー!
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【vol.489】不要=比で使わなかった3点

2016年09月29日
ちょうど1年前、
「フィリピンに持ってきて良かった!」
というものを紹介した(vol.254海外持参おススメ6点)。

そして、任地での活動が終わった今、
日本から持ってきたけど、使わなかったもの3点
を紹介してみたいと思う。

【1】スーツ系
福島での派遣前訓練は、
基本的に語学の授業などはスーツ。
(私たちは真夏の訓練だったので、クールビズだったが…)

なので、その流れをくんで、
フィリピンにも、1週間分くらいのカッターシャツを持参し、
さらに、任地へと持っていっていた。

しかし、
1度も着ませんでした。

というのも、フィリピンは、ポロシャツが職場のユニフォームというところが多く、
ポロにジーパンでも、公式の場に着ていけるフォーマルになる。
なので、
フォーマルな場でも、スーツの出番無し!

正直、この2年間で着たのは、
年2回のボランティア総会(JICAボランティアによる全体会議のようなもの)くらい。

しかも、大変なのが、
フィリピンは海辺などの町が多く、湿気が強いので、
スーツも、カビがはえてしまうし、
カッターシャツは、襟の部分が湿気で皮脂汚れが酸化し、
黄ばんでしまう。


今回、任地に持って行き、
一度も着なかったカッターシャツたちを再度マニラに持って上がり、
ドミトリーのお手伝いさんに手伝ってもらい、
漂白剤につけて2日掛かりでキレイにせざるを得なかった。。
カッターシャツ黄ばみ
【写真】=お手伝いさんに教えてもらい、漂白した私のシャツたち(9月27日)

正直、1、2枚あれば十分だし、
足りなくなれば、
フィリピンではユニクロより安いSM(財閥系のスーパー)とかあるし!

持ってこなくて十分です。

【2】革製品
これも、スーツ系の理由と一緒。
簡単にかびてしまいます!

私も、日本で使っていた革の財布を持ってきたが、
ちょっと2、3日も置いておくと、
すぐにカビだらけ。
結局、フィリピンで布製の財布を買って使っていた。
一応、離任のときに磨いてみたけど…。
お気に入りのものは、持ってこないのが吉だ。

【3】Kindle
以前のおススメ6点に入れていたこの1点!


実は、
今となっては、ほとんど使わなくなってしまった。

というのも、私が買ったタイプは、
バックライトがないタイプ。
フィリピンでは室内でもほの暗いし、
結構な頻度で停電があるので、
「見えない!」というストレスを感じることが多かった。

しかし、
結局、スマートフォンのアプリなどを入れておけば、
見られるし、
しかも、漫画などのカラーも楽しめるし。


あまり、kindleの端末はいらないかな、というのが私の印象。

あくまで、この3点は私の感想。
これから赴任する隊員の皆さん、
ぜひぜひ任国の気候や先輩隊員の意見などを参考にして、
持って行く荷物を決めましょう!

↓まぁ、使わないものは現地の人にあげると喜ばれますよ(vol.485誰かの生活の足しへと)!
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【vol.443】欠席=配属先最悪!と思った話

2016年08月16日
なんでこんな最後の最後まで、
問題が起こるかね?


本当にやってくれたよ、配属先のボス。。

あす17日、
急きょ、JICAの調整員さんたちが任地を訪れることになった。
訪れる、というより、
ちょっと無理を言って、来てもらう感じ。
というのも、
「やるやる」と言ったまま、一向に進まない木酢の建設。
もう、一ボランティアがどうこう言っても進まないし、
JICAに来てもらってプレッシャーをかけてもらおうと思った。
メイヤー(町長)を攻めても、特に動きがないし、
完全に最後の一手。
それを、ボスは
「明日はいられなくなったもんねー」と
逃げやがった!


彼には前科があった。
昨年4月。
当時、私とボスは確執を抱えており、
その仲裁と活動計画の策定のため、
前任の調整員さんが来てくれた際、
前日になって、
「私はマニラに私用で行くから、いないよ」
と言い出し、ドタキャン(vol.132過去一番の怒り覚える)。
結局、すでに調整員さんはフライトを取っていたので、
ほかの隊員の任地を回ってもらい、
うちの任地には翌日に来てもらった。

だから、今回は、スケジュール調整に慎重を期したはずだった。
まず、上司であるメイヤーのスケジュールを確認し、
17日ならOKだと確認。
その上で、ボスにも
「17日にJICAが来て木酢の話をする。メイヤーとも会うよ」
と伝え、
OKをもらっていた。←ここ重要

ただ、前回は口約束で「そんなこと聞いていない」とか言い出したので、
JICAに、正式に「行きますよ」というレターというものを書いてもらい、
ボスに見せようとした。

しかし、ここで誤算があった。
いきなり、私用で休んでしまったのだ。
レターを受け取ったのが11日夜。
12日朝にコピーして渡そうとしたが、事務所に来ない。
JICAからも
「飛行機の予約があるから、スケジュールがこれでいいか、
 返事くださいねー」と言われていたので、
何度も、電話やテキスト(ショートメッセージ)を送るが、
まったく返事なし。
結局、15日月曜日も来ず。
結局、同僚が
「17日でOKって言ってたんでしょ? 大丈夫!」
と、ボスの代わりにJICAへ連絡してくれたのだが…。

本当にやりやがった!

今回、視察先は私の任地のみ。
かなり無理を行って来てもらうので、
朝一番にマニラを出て、
任地最寄のナガ空港からの最終で帰るという強行軍だ。
任地にいられるのも1時間だけ。
そのために、来てくれるというのに…。
本当に、最後の最後で、配属先が嫌いになりそうだ。

一応、ボスから、
今、予算がどうなっているのか、
どういう計画で建設を進めるつもりなのか、
とりあえず聞き出したけど、
絶対無理でしょ、そのスケジュール。

あぁ、結局、
一番メーンの活動である木酢さえ、
うまく建設できずに帰った隊員って、
烙印おされるんだろうなー。


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【vol.383】焼酎=比人に飲ませてみた話

2016年05月22日
今回のフィエスタにおいて、
私は一つ試してみたいことがあった。
それは、
芋焼酎をフィリピン人は気に入るのか?
というわけで、
マニラで買った芋焼酎「黒霧島」を、フィエスタで差し入れてみた。
芋焼酎1
【写真①】=マニラの日本食材店で買った黒霧島。1・8リットルで1000ペソ=約2400円もする(5月16日)

正直、焼酎をフィリピン人にも分かりやすい言葉で説明するのは難しい。
SAKEでは、ちょっとニュアンスが違うし、
「Rice Wine」でも、コメは使われていないし。
Spritsじゃ、ただの酒の種類の一つだし。
フィリピン人も飲んだことあるものを、ということで、
結局は
ジャパニーズ・ジン
と紹介した。
(マニラ在住のホストファミリーの次男は、韓国料理屋で食べたことあるので、
 『ソジュ(韓国語で焼酎)だろ?』と言ってくれたが・・・)

というわけで、いろんな会場にこのボトルを持っていき、
飲ませてみた。
芋焼酎2
【写真②】=黒霧島を飲むティナンバックの人たち(5月17日)

結果はというと、
まったく受けませんでした!

うーん、何が苦手なんだろう?

勧めてみて、香りをかぐと
「ランバノック(ココナッツのお酒)みたいだ」
と反応は良い。
「カモテ(芋)からできているんだよ」
と話すと
「それは飲んだことない」
と興味は示してくれる。
でも、一口飲んでみると、
「美味しいよ」とは言ってくれるものの、
やっぱり、2口目はなし。

度数は25度なので、
いつも40度とかのジンを飲んでいるおっちゃんたちからしたら、
全然強くもないはずなんだけど。
一人、日本酒を飲んだことがある人がいたが、
「日本酒の方がすっきりして飲みやすいかな」と感想はくれたものの、
私に気を使ってか、なぜあまり杯が進まないのか、
結局分からずじまいだった。

「ロックで飲むのが僕は好きだよ」と勧めてみるも、
やっぱり、フィリピン人は基本的に、
ショットで一気。
それがいけなかったのかな?

一人、
「俺はこれを5杯飲んだら、
 日本語が話せるようになるはずだ!」
って話す、超酔っ払ったおっちゃんが3杯は飲んでくれたけど、
結局、ほとんどの人が一口なめたくらいで終わり。
親戚のホストファミリーが話していた
「こんな高くて、よく味の分からない酒を飲むよりも、
 フィリピンには安くてうまい酒があるからなぁ」
というのが、彼らの本音なのだろう。

・・・というわけで、
買ってきた黒霧島は、無事に私の晩酌用になりました。
というわけで、20日はアサリの酒蒸しをアテに、
黒霧島を飲むことができたのでした(vol.382アサリ手に入ればコレ)。
チャンチャン!

↓赴任のときに、お土産で日本酒をボスに渡したけど、そういえばあれは飲まれたのかな? もしフィリピンで日本酒の美味しさを広めたい佐賀県関係者の方、ぜひ酒を送ってくれたら、PRしますよ♪
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【vol.343】建設=3日ごしで作業始まる

2016年03月17日
2日連続で開始が遅れていた木酢プラントの建設、
ようやく、17日に始まった。

この日も、同僚は病欠。
代わりに一緒に行ってもらう別の同僚を探すも、
どこかに油を売りに行っているのか、不在。
仕方なく、一人で現場に向かう。

着くと、すでに作業員が仕事を始めていた。
良かった良かった、何とかこの日が来れて…。

あれ、でも、別のところ掘っていない?
木酢初日1
【写真①】=シャベルで土を掘る作業員たち(3月17日)

確かに、配属先のボスからは
「建物(写真①奥の堆肥場)の前に持ってきたほうが、
 住民に見えやすく、プロジェクトの良いアピールになる」

と提案のあった場所。
確かに、その気持ちは大変うれしい。
ただ、14日に最終確認した時点で、
私と同僚のロッシーさんで、
・施設前の場所は大きな木があり、少し狭い
・水道から遠い
・住民へは何か看板などを作ってアピールする

ということから、
施設奥へ建設するように決め、ボスにも報告していたはず。。
しきりに、ごみ処理場職員(堆肥場はごみ処理場の一角にある)のロミオさんが
「こっちの方がきれいだろ?」と強調していたので、
何か政治的な根回しが行われていたのだろう。

いろいろと作業員たちは説明してくれるんだけど、
さすがに技術的な難しいビコール語(現地語)は分からず、
かといって、英語で説明しても通じない。
結局、これから使っていくのは私ではなく、ティナンバックの住民であるので、
配属先の考えいてたとおりの場所に建設してもらうことにした。

この日は、ひたすら穴掘り!
もちろん、ショベルカーなんて大きな重機はない。
すべて手作業!
バールのような細長い鉄の棒で地面をならし、
あとはショベルでひたすら土を掘り出していく。
大きな石も、もちろん手作業。
木酢初日2
【写真②】=50センチはあろうかという石も、すべて手作業で取り除く(3月17日)

そして、炭窯の大きさを測るために、
鉄の棒で炭の内部を成形。
木酢初日3
【写真③】=鉄の棒を組み合わせて炭の大きさを決めていく作業員(3月17日)

とりあえず、棒が組みあがったところで、
この日の作業は終了。
作業員の話だと、
「土日も関係なく作業して、
 月曜日(21日)には炭窯工事は終わるかな」。>
加えて、水道のパイプ設置工事も、
ホーリーウイーク(イースター休み)の24日前には終わらせて、
休みはマニラで過ごせそう!?

↓建設方法とか、設計図や、ほかの先輩隊員が実施したビデオとは違うんだけど、相手は建設のプロ。とりあえずは、任せてみたいと思います。
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