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【vol.502】最終=今回でタイムズ終わり

2016年11月08日
ご無沙汰しておりました!

6日でフィリピンから帰国して1カ月。
この間、
同期隊員に会いに行ったり、
派遣中に応援してくださった方々へあいさつ周りをしたり、
ハローワークで雇用保険の手続きをしたり、
再就職へ向けて応募をしたりと、
何だかんだで忙しい日々を過ごしている。
この1カ月で経験したことなど、
ブログでも書き留めておきたいと思う。

そして、とりあえず一つの懸念が完了。
ずっと続けていた、
隊員通信「月刊やまじタイムズ」最終号を執筆しました!

月刊やまじタイムズ第21号(最終号)1面
月刊やまじタイムズ第21号1面
月刊やまじタイムズ第21号(最終号)2面
月刊やまじタイムズ第21号2面


過去の投稿はこちらから↓第20号
第19号
第18号
第17号
第16号
第15号
第14号
第13号
第12号
第11号
第10号
第9号
第8号
第7号
第6号
第5号
第4号
第3号
第2号
創刊号


21号PDF版はこちらから↓
月刊やまじタイムズ第21号(最終号)Yamaji KenzoDocs.com


いろいろと書きたいことはあったが、
まず1面でこの2年間の活動の結果を総まとめ。
2面では、家族や同僚たちとの関係性について書いた。
とりあえず言いたいことは、
すぐにでも、ティナンバックに帰りたいということ!
そのためにも、
まずは無職状態から抜け出せなければ!

↓これからも、このブログ「ココナッツの樹の下で」は、不定期で更新していきますので、よろしくお願いします!
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【vol.501】浦島=味わった帰国ショック

2016年10月17日
私が6日にフィリピンから帰国してから、
10日あまりが経った。
この間、
JICAでの帰国オリエンテーションに参加したり、
旧友たちと久しぶりに再会を果たしたり。
でも、2年も日本を離れていると、
完全に浦島太郎状態で。。
かなりびっくりしたことをまとめてみたい。

1、トイレがキレイ
これはまず、降り立った羽田空港で感じた。
紙を中に捨ててもいいの!?
ウォシュレットって何やったっけ?
任地ティナンバックでは、ある意味、
天然ウォシュレット生活
をしていたが…。

2、日本のサービスすごい!
東京から帰りの飛行機に乗るチェックインの際、
「この荷物は梱包しましょう!」
と、
こちらが恐縮するほど、丁寧なサービス!
しかも、私が壊れ物の免責のサインを忘れたのに、
わざわざ荷物検査の中まで追いかけてきてくれるサービスぶり!
フィリピンなら、絶対に嫌な顔されるか、
忘れたほうが悪いくらいの反応されるのに。。

3、日本食うまい!
フィリピン料理も口に合うと思っていたけど、
やっぱり、日本食うまい!
マニラで感じていた刺身の美味しさが、かすんでしまうほど。
しかも、
出汁って偉大!
マジックサラップ(フィリピンの調味料)じゃ、
この味は出せませんよ!

4、乗り物の時間が正確
交通機関の遅延は当たり前!
だったフィリピン。
それが日本は、本当に正確!
乗り物じゃないけど、
分刻みで正確に進むJICAのオリエンテーションも、
「なぜ遅れないの?」
と、逆に新鮮!

5、公共機関のサービスもバツグン!
フィリピンで何かしらの公機関で手続きをすれば、
一日がかりになるのは当たり前。
それが、
市役所への転出届け、20分。
ハローワークへの雇用保険の手続き、1時間。
(しかも、以前に手続きした際の資料を紛失したにもかかわらず)
2日掛かりで取って、
しかも使わなかったECCは何だったのか…(vol.415今からフィリピン離れ)。

6、ついつい、フィリピン語が出てくる
だいぶ今では解消されたが、
帰国して3、4日は、
何か話そうとすると、フィリピン語がついつい頭に浮かぶ。
例えば、
トイレは、フィリピンでCR(コンフォート・ルーム)。
だから居酒屋で、
「CRどこですか?」と言おうとして、踏みとどまったり。
お会計も、ついつい席でするくせがついているし、
店員さんを「クヤ(お兄さん)、アテ(お姉さん)」って呼びたくなるし、
四角くレシートの形を手で示して「チェックお願い」って言いそうになるし。
だいぶ、リハビリは進んできました。

7、寒い!
フィリピンのうちの任地だと、
だいたい平均気温は25度前後。
だから、
20度だと、みんなダウン着ちゃうくらいに寒い!
それが、15度前後なんて…。
しかも、どこもクーラーがきちんと着いているから、
ずっと、喉が痛い感覚がおさまらず。

8、フィリピンのほうが調子良い!
これ、本当。
現地ではあまりおなかが緩くなった経験はなかったが、
着いて4日目くらいに、ちょっとおなかが緩くなり。。
もちろん、連日、いろんな人に飲み会を開いてもらい、食べすぎ飲みすぎも原因だろうが、
どうも、
体が、フィリピンに適応していたのだろう。
だから、
エスニック料理屋でココナッツミルク入りの食事をしたり、
アジア雑貨の店に入ると、
ちょっと体調が回復。笑
しばらくは、フィリピンシックが続きそうだ。

9、デパートでカバンの中身を見せたくなる
フィリピンでは、スーパーやデパート、ショッピングモールなどに入る際、
入り口をガードマンがチェックしているのが一般的。
危険物を持っていないか、
金属探知機を近づけられたり、中身をチェックされたり。
だから、
何もチェックなしに入るのが、ちょっと罪悪感を感じてしまったり。
※もちろん、何も危険物は持ち歩いていませんよ!

10、携帯電話の料金が高い
フィリピンでは、携帯電話は、
使う分だけロードするプリペイド式。
それに慣れているからか、
日本の大手キャリアの電話料金が高く感じて・・・。
結局、格安SIMと契約しなおした。
※詳しい同期に教えてもらった格安SIM。
 初期手数料を込みにしても、
 大手キャリアの毎月の基本料金より安い。


11、あまり大声が出せない
帰国して数日は東京のホステルに泊まっていた。
2段ベッドが並んでいるようなベッドルームだが
ついついフィリピンの感覚で、自分のベッドで電話をしていたら
周りから、咳払いの声が。
は、ここはフィリピンじゃなかった!
夜中まで叫び声が響くビデオケ(カラオケ)、
今となったら、それすらも懐かしい!?

12、すでにホームシック…
ちょうど、任地ティナンバックはフィエスタ(vol.268フィエスタ中に来比を)時期。
しかも、家族の誕生日があるなど、
この時期は毎日が宴会!
facebookでそんな投稿を見ていると思う、
なぜ、私がそこにいないんだろう。。
はやく次の進路を確定させて、
一度フィリピンに里帰りせねば!

以上、この10日ほどで感じた帰国ショックだ。
だんたんと、日本人へと戻っていくんだろうなぁ。
でも、海外で身につけた良い部分は、
どんなに日本の生活になじんでも、残していきたいものだ。

↓しばらくは、このブログ「ココナッツの樹の下で」も、不定期で更新していきます。お楽しみに!
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【vol.500】帰国=あなたたちがいたから

2016年10月07日
フィリピンで出会ったすべての人たちへ

前略 
今、マニラから東京へと向かう機内の中で、この手紙を書いています。
なかなか伝えて切れなかった感謝の言葉を
ここにつづっていこうと思います。

まずはナナイを初めとした、アスクラ家の皆様。
日本から来た私を温かく迎え入れてくれ、
なおかつ
「フィリピンにいる間は、ケンゾウ・アスクラだからね」
と、本当に息子のように扱ってくれました。
特にナナイ。
食事の準備、病気になったときの看病、
外国人ということでの安全面の配慮、
お酒を飲みすぎる私への厳しいまなざし…。
時には過保護なほどのあなたの愛は、
私の心を優しく包み込んでくれました。
飛行機に乗り込む直前に電話した際、
「ケンゾウに『カカナ(食べなさい)』と言わなくなって、
寂しくなったわよ。
私たちが決してあなたのことを忘れないということを、
忘れないでね」
と言ってくれた際、
本当に胸にこみ上げるものがありました。

ほかにも、
ちょっとこわもてに見えて、くしゃっと笑う笑顔がかわいいタタイ、
仕事の合間に昼食を家に届けてくれたジャジャ、
同じ居候仲間であるマイルズ、
一緒に遊び相手になってくれたミヤコとメグミ…。
一人一人の名前を挙げきれないほど、
多くの親戚が私を家族として認めてくれました。
フィエスタや誕生日パーティ、クリスマスにセブリンの洗礼式…。
みんなと過ごした行事の一つ一つが、
私の心の中に残っています。
必ず、休みのたびに遊びに行きます。

そして、ティナンバック町農業事務所の同僚たち。
なかなか仕事が進まずにいらだつ私を、
時になだめ、時に愚痴を聞いてくれました。
活動の成果としては、
決してお互いに満足できるものではなかったかもしれません。
でも、特にパートナーとして一緒に汗を流してくれたロッシーさん。
私たちの努力や挑戦は、必ずいつか花咲く日が来ると信じています。
木酢の完成という大きな仕事を残しての帰国で、
真に心苦しいばかりではあるのですが、
いち早く完成させ、
それがティナンバックの農民たちのために役立てられることを期待しています。
次に訪問した際には、
多くの木酢が作られていることを期待しています。
ジュンさんは、来年3月で定年退職されるそうですね。
それまでには必ず私がティナンバックに行きますから、
あなたの好きなジンと酢で煮た魚で、一杯やりましょう。
ほかにも、
コルテスさん、エドガーさん、アテジョー、アテジョイ、
ジョパー、ジョペット…。
一人一人との思い出は、決して忘れないでしょう。

「任地変更という方法もあるからね」
昨年4月、活動方針の違いで対立したボスのリベラさん。
ほぼ1カ月、お互いに口をきかず、
JICA職員から、任地変更の提案をされたこともありました。
しかし、よくよく腹を割って話せば、
リベラさんは環境面、私は農民の収入面からアプローチをしていましたが、
目指すところは一緒ということが分かりました。
それからは、いろいろと手助けをしてくださいました。
本当にありがとうございました。
エンペラドール(ブランデー)を飲む量には気をつけてくださいね。

JICAの職員さんたちにも、お礼を言わなければならないでしょう。
任地で、ボランティアの手では解決できない問題が起きたとき、
任地にきてくださった調整員さん。
2度とも、私と配属先のうまい妥協点、落としどころを見つけてくださり、
進まなかった話が前進しました。
そして、経理面や諸手続きなどを進めてくれたナショナルスタッフさん。
あなたたちがいなければ、私の活動はもっと大変なものになっていたでしょう。
仲の良かったスタッフさん数人に最後にお会いできませんでしたが、
帰国してからも、ぜひとも連絡を取り合いましょう。

同期を初めとする協力隊仲間にもお世話になりました。
とても目立つ活動をしている隊員と自分を比べて落ち込んだり、
いわれなき中傷にさらされたこともありましたが、
一緒に熱く活動の話をしたり、
時には酒を飲みながらバカ話をしたり…。
そういう時間を共有できたからこそ、
フィリピン人しかいない任地に帰っても、
「決して一人ではないんだ」
と思うことができました。

そのほか、
NPO法人ソルト・パヤタスの皆さん、
立命館マニラ校友会の皆さん、
大分県人会の皆さん、
まにら新聞記者の皆さん、
プライベートでのお付き合いをさせていただき、
時に活動のヒントになるような言葉をいただいたり、
きつい任地での活動のオアシスとさせていただいたり、
本当に、皆さんと知り合えた私は幸せでした。

マニラ空港でタラップを降りるとき、
私は不思議と、まったく悲しい気持ちになりませんでした。
それは、
必ずここに、帰って来る場があると信じているから。
必ず、また会えると信じているから。


あなたたちがいたから、
私のフィリピン生活は、より豊かなものとなりました。
あなたたちがいたから、
決して途中で日本に逃げ帰ることなく、任期を全うできました。
あなたたちがいたから、
どんなにつらいことがあっても、
このフィリピンという国を「好きだ」と胸を張って言えます。


そろそろ、飛行機は羽田空港へと着陸態勢に入るようです。
この辺でペンを(パソコンを)置くことにしましょう。
「あぁ、帰って来た!」というワクワクより、
「フィリピンを離れてしまった!」という寂しさが勝っています。
それではまた、お会いできるその日まで、ごきげんよう。

                                草々

             2016年10月6日 
             東京へ向かうフィリピン航空PR422便の座席53Gにて
             元青年海外協力隊
             山路健造

帰国1
【写真①】=出発の朝、見送ってくれた隊員仲間たちと(10月6日)

帰国2
【写真②】=到着した羽田空港で、同期たちと(10月6日)
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【vol.499】最後=729日目の最後の夜

2016年10月06日
協力隊の任期は
ちょうど2年。
なので今日5日は、
フィリピンに来て、729日目の夜。
そう、
きょうが、フィリピン最後の夜なのだ。

上京後のスケジュールをご紹介すると、
27日    任地ティナンバックからマニラに上京
28日    国外に出るためのECC(vol.415今からフィリピン離れ)の書類提出のため、移民局へ。
    ※急な制度の変更のため、申請はできず。
29日    JICA事務所で帰国に向けたオリエンテーション
30日    PNVSCAへと訪問(vol.493本当に支援必要なのか
10月1日 後輩隊員やJICA職員を招いたさよならパーティ(一日中料理)
2日     休み(夜は立命館校友会)
3日     最終報告会(英語)=vol.494自分で周囲に壁つくる
4日     移民局へECC再提出。早めのECC取得をお願いする。

そして、フィリピン729日目の5日。
最後のジプニー(ジープ型のバス)で事務所に行き、
JICAフィリピン事務所の所長と面談。
これが、最後の事務所訪問となった。
10月6日帰国組1
【写真①】=帰国組メンバーたちと、最後にハイピース!(10月5日)

昼からは、日本大使館を訪れ、
石川大使と面談。
この2年間で取り組んだ活動や、
うまくいったこと、いかなかったことなどを報告した。

そして、ちょっとパッキングをし、
お世話になったドミトリー(寮)のお手伝いさん、
リリアンさんやアロマさんと別れをして。
ドミのお手伝いさんと
【写真②】=ドミトリーお手伝いさんのリリアンさん(左)とアロマさんと(10月5日)

また、前日に申請したECCを、
JICAのフィリピン人スタッフの頑張りで
何とか取得できた。

そして夜は、帰国組のメンバーで、
なぜかフィリピン最後の夜は、火鍋の店へ。
10月6日帰国組2火鍋
【写真③】=辛い火鍋をつまみに、最後のサンミゲルビールをしこたま飲みました(10月5日)

JICA、大使館、お手伝いさん、
そして協力隊仲間。
最後の最後まで、いろんな人にお世話になりました。
まるで、この2年間を凝縮したみたいな。
協力隊は、任地では一人だが、
多くの人が支えてくれ、2年間の活動を全うできる。
本当に一日中、
「Salamat po!(ありがとう)」
と言い続ける一日だった。

あと数時間もすれば、
私たちは机上の人となる。
いよいよ私の2年間の活動も、終わりが見えてきた。

↓あす6日は、フィリピン時間午前9時前発、日本時間午後2時前に羽田着です。このブログも、クライマックスが見えてきました。
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【vol.498】仙人=隊員を旦那にいかが?

2016年10月05日
「仙人みたいな生活してきたんやな」

帰国を間際に、
マニラ在住の駐在員さんから、そんな言葉を言われた。
理由は、私が話した任地での生活。
月1000ペソ(約2000円)で十分に暮らせる―。
その言葉に、その駐在さんは、
「俺なんか、1日で1000ペソとかすぐ使うわ」
と笑っていた。

ただ、こういう生活は、フィリピンの隊員で極端に珍しいものではない。
私はホームステイで、3食きっちりと出てきていた上、
使うのは、週1回、お手伝いさんに頼む洗濯(1かご100ペソ)と、
同僚や友達と飲む酒代、つまみ代くらい。
お酒も、エンペラドール(ブランデー)は1リットルで100ペソ、
ジンにいたっては、小さなボトルで50ペソくらい。
ともに30度、40度の強さがあり、
十分に200~300円くらいで、ベロンベロンに酔っ払える。
ジンやエンペラドール
【写真】=任地でよく飲まれるジン(透明の瓶)とエンペラドール(9月24日)

自分で洗濯を手洗いして、お酒も飲まない隊員なら
「ついに今月は、1ペソも使わなかった」
という強者も、かつてはいた。
物価は日本並みのマニラでは、
とても考えられない生活だろう。

この2年間で身につけた能力の一つとしては、
あまり、無駄なお金を使わなくなったこと
だろう。
フィリピン協力隊が現在支給される生活費は月325ドル(約3万3000円)。
その中で生活しなければならないから、
何か物を買うときは慎重になってきたし、
トライシクル(三輪バイクタクシー)代の8ペソも
「このくらいなら歩いてしまうか」となるし。
一方で、旅行やお酒を飲むなど、
みんなで楽しむことにはバンとお金を使う。
結構、経済観念がしっかりしてきたのではないかと思う。

なので独身女性の皆さん、
協力隊経験者って、旦那として魅力的だと思うんですよ。笑
家庭を持っても、経済観念はしっかりしていて無駄使いしないし、
炭コンロだろうが火をおこして料理ができるし、
いろいろと、物も修理しながら使うことができるし、
途上国で2年間生活できるだけの体力もあるし。

前職時代は、ある程度給料も安定していたこともあり、
何かが壊れても、
「新しいものを買えばいいや」と
お金に物を言わせて生活していた。
しかし、協力隊として生活する中で、
320ドル以上を使えば、日本の口座から国内積立金が引かれて赤字となる。
だから、壊れても使い続けたり、修理してみたり。

貧乏くさいといわれてしまえばそれまでだが、
やはり、二人で生きていく上でお金は大事なわけで。

皆さん、こんな男性、いかがですか?
ただ惜しむらくは、
多くの隊員が帰国してから当分、無職だということだが…。笑

↓独身男性の皆さん、協力隊に参加して“サバイバル能力”を身につけ、婚活で差をつけてみませんか? 現在、2016年度秋募集の受け付け中ですよ!
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